14-08-31 : となりの弁護士「司法が崩壊すると世の中は平和になる」(弁護士原 和良)

1 とあるウェブで、「病院がないほうが死亡率が下がる!夕張市のドクターが説く“医療崩壊のススメ”という元夕張診療所の森田洋之院長の講演記事を読んだ(http://logmi.jp/19478)。

夕張市では、市の財政破綻により市立病院がなくなり、緊急病院が街から消えた。高齢化率45%の街は、悲惨な現実が待ち受けると思われたが、結果は、死亡率・医療費・救急車の搬送回数、全てが下がったという。

2 医師とよく比較されるのが、われわれ弁護士という専門職業である。「法律家は社会生活上の医師」(2001年司法制度改革審議会意見書)と言われ、社会の隅々まで法律家が配置される法化社会が実現されることにより、日本社会はあらゆるところに公平で透明なルールある社会に成長し明るい未来が保障されるとして、法曹人口の拡大、アメリカを倣ってロースクール制度の創設などの司法改革が進められた。しかし、法的ニーズは思うように掘り起こされることなく弁護士の大量失業、貧困化が進んだ。中間層の崩壊のもとで、大学・ロースクールに進学する学生は多額の有利子奨学金を抱え、さらには合格後の司法修習期間も給費(給与)が廃止されたため、将来が約束された一部エリート富裕層しか、そもそも法律家を目指せなくなるというゆゆしき事態が起きている。

医療崩壊が日本社会を活性化させる、というのであれば、司法崩壊も社会を活性化させる喜ばしい事態なのか、と上記の講演タイトルを見ると思ってしまうが、読んでいくとそういうことではないようだ。

3 もちろん、夕張市から病院、先端医療が消えたことで、救えるべき患者が命を落としたり、必要な治療を受けられずに不利益を被ったという例はあるのだろうし、そのことの重大さを不問にすることはできない。

森田医師がいいたいのは、先端医療や先端技術があるとそれが当たり前になり、病気にならないための日常生活習慣の改善や意識の改革がおざなりになっていなかったか、医師も病院も流れ作業の中で患者を薬漬けにすることでよしとすることに慣れきっていたのではないか、本当に日本社会に今必要なのは、心身ともに健康で再生可能な職業生活、家庭生活を取り戻すことに社会が気づくことではないか、ということである。ブラック企業、地域崩壊、家庭崩壊、学校崩壊、と職場と地域、家庭の崩壊のニュースを日々耳にする中で、この点は共感できる場面である。

4 さて、弁護士の業界はどうだろうか。幸い、日本はアメリカのような訴訟社会にはなっていない。しかし、それは不公正と不平等が小さい社会であることを意味しない。訴訟にならない、紛争にならないのは、「泣き寝入り」社会だからである。いや泣くべき事態とも認識されていない「権利無意識」社会だといってもよいだろう。予防医療が大事なように、予防法務は益々重要になるだろう。契約書もなしに、顧問弁護士も雇わずに、海外に進出しようという中小企業は、ズボンのポケットに長財布を指して外国の街をあるくようなものだと思う。予防法務をはじめ、弁護士がやれることは、まだまだたくさんある。

以 上

(弁護士原 和良「となりの弁護士」「オフィス・サポートNEWS」 2014年8月号掲載)

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