15-08-01 : 法律コラム第15回「タイの新投資奨励策について ~「中所得国の罠」脱出に向けて~」(弁護士 田畑智砂)

  1. タイでは、一定の業種への内外からの投資を促進するため、BOI(タイ投資委員会)による投資奨励策がとられています。このたび、2015年1月より、旧奨励策に変わり新投資奨励策の運用が開始されました。
    これまでの旧奨励策が、首都バンコクから遠いエリアにあるほど恩典を厚くするゾーン制による地方分散政策を主眼としていたのに対し、新奨励策は、ゾーン制を廃止し、投資奨励業種の重要度に基づいて恩典を与える新制度を採用しています。投資奨励業種も新たに見直され、タイ及びその産業に特に利益をもたらす重要業種から順にA1~A4(法人税免除あり)、B1~B2(法人税免除なし)の6つのグループにカテゴライズされ、重要度が高いほど高い恩典を受けられる仕組みに変更されました。
  2. 新投資奨励業種は①農業及び農産物(20業種)、②鉱業、セラミックス、基礎金属(16業種)、③軽工業(11業種)、④金属製品、機械、運輸機器(15業種)、⑤電子、電気機械産業(8業種)、⑥化学、紙、プラスティック(14業種)、⑦サービス及び公共施設(23業種)の7類107業種に及んでいます。
    中でも私たち日本人を含む外国人にとって特に注目すべきなのは、国際地域統括本部(5 International Headquarters : IHQ)と国際貿易センター(7.6 International Trading Center : ITC)の導入でしょう。BOIのパンフレットや数多く開催されている外国人企業家向けの説明会などから、BOIが特にこのジャンルを目玉として、日本を筆頭とする外国人企業家の投資を呼び込もうとしていることが伺えます。
  3. この新投資奨励策における国際地域統括本部(IHQ)と国際貿易センター(ITC)の概要は以下の通りとなります。

(1)国際地域統括本部(IHQ)
IHQとは、タイ国内もしくは国外に立地する関連会社または支店に対し、原材料・部品の調達、技術支援・マーケティング・人事管理等の支援サービス、トレジャリーセンター業務を行う会社を言います。旧制度のROH(地域統括本部)では認められていなかったトレジャリーセンター業務および貿易関連サービスの提供が可能になりました。トレジャリーセンターとは、タイ国内及び海外にある関連企業のために外貨資金の管理をする会社です。支払い及び回収業務、外為取引の相殺やヘッジング等を行うことが出来ます。
BOI申請条件は、①払い込み資本金が1,000万バーツ以上であること、②最低一カ国、海外にある支店又は関連会社を統括すること、となっており、旧制度のROHで3カ国以上要求されていた海外関連会社又は海外支店へのサービス提供が、1カ国以上に緩和されました。
BOI恩典は、海外関連会社からの所得について法人所得税免除、国内関連会社からの所得について法人所得税を10%に減税、研究開発及びトレーニング用機械の輸入税の免除、輸出向け製品用の原材料・部品の輸入税の免除、IHQで働く駐在員の個人所得税を一律15%に減税、外国人による土地所有、外資マジョリティーを可能とするなど、外国人企業家に投資しやすい内容となっています。

(2)国際貿易センター(ITC)
ITCとは、外国の法律で設立された法人に対し、商品、原材料、部品の購入・販売、ならびに貿易関連サービスの提供を目的とする会社です。旧制度のIPO(国際調達事務所)では完成品を取り扱うことは出来ませんでしたが、新制度のITCでは、完成品も可能となりました。また、タイ国に入国しないまま、外国の商品を購入・販売することも出来るようになりました(Out-Out取引)。
BOI申請条件は、①払込資本金が1,000万バーツ以上であること、のみです。旧制度のIPOでは、更に②商品倉庫及びコンピューターシステムによる商品システム管理、③商品調達、品質検査及び梱包、③国内を含む複数の商品調達先があること、が要求されていましたので、大幅な緩和といえます。
BOI恩典は、オフショア貿易および関連サービスによる収入に対する法人所得税の免除、機械輸入税の免除、輸出向け製品用の原材料・部品の輸入税の免除、ITCで働く駐在員の個人所得税を一律15%に減税、外国人による土地所有、外資マジョリティー可、等となっています。

  1. 今回のBOIによるこの新投資奨励策の導入は、タイが現在直面している「中所得国の罠」からの脱出が目標とされています。「中所得国の罠」とは、新興国が低賃金の労働力を原動力として経済成長を果たしたものの、経済が中所得国(一人当たりGDPが3千ドルから1万ドル)レベルで停滞し、先進国(高所得国)入りがなかなか出来ない状況を言います。
    タイは低賃金を強みとし、製造業を中心に外資を多く受け入れることで経済成長を遂げ、昨年の一人当たりGDPは5,800ドルに達しました。しかし、既に人口オーナス期に突入するとともに、経済成長率が鈍化する状況に直面しています。すなわち、このままでは「中所得国の罠」にはまる可能性が高いのです。一人当たりGDPを上昇させるためには人件費も上昇させる必要がありますので、今までの労働集約的産業依存から脱却し、根本的に産業構造を変化させる必要があるわけです。
    そこで今回BOIは、2015年末にアセアン経済共同体(AEC)が発足を迎えるのを機に、アセアンの中心に位置するという地理的利点を利用し、タイをアセアン地域のビジネスハブとして機能させるべく、ハブ機能を行う業種について、投資家がより使いやすい奨励策にパッケージ変更する政策をとりました。アセアン経済圏は世界でもっとも成長著しい地域で、AECが発足すれば、人口6億人、GDP2兆ドルの巨大な市場となります。この巨大なマーケットのハブとしてタイが中心的な役割を果たすことが出来れば、更なる安定的経済成長を遂げられると言う期待がこめられています。
  2. 一昨年、タイの最低賃金は、当時のインラック政権により全国一律1日300バーツ(日本円で千円程度)に大幅に引き上げられました。首都バンコクでは既に1日300バーツでは人は集まらず、相場は400-500バーツになっており、若者は娯楽や食事、ファッションなどのサービス産業に惜しみなくお金を使うようになっています。とは言え、現在でもタイの1日の最低賃金は日本の時給と同じ程度に過ぎません。
    タイが、「中所得国の罠」を脱出できるか否かは、現在進行中の新幹線整備計画を含む鉄道・道路等の更なるインフラ整備や、グローバル人材の育成強化、技術導入とともに、いかにこの新奨励策により外国人投資家の投資を呼び込むことが出来るかにかかっていると言えるでしょう。2015年末のAEC発足を機に、タイは今まさに労働集約的産業中心から資本集約的産業へのターニングポイントを迎えています。

 

参考:BOIホームページ

http://www.boi.go.th/index.php?page=index&language=ja

 

*この文章は、執筆時におけるBOI告示に基づいて作成しています。投資奨励策は常に変更される可能性がありますので、ご申請の際にはBOI又は専門家にご確認ください。

以 上

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