15-05-01 : 法律コラム第12回「法曹人口調査報告書案(内閣官房法曹養成制度改革推進室)批判」(弁護士原和良)

1 2001年6月12日の、「司法制度改革審議会意見書」を受けて、この15年間、「司法改革」が取り組まれ、法科大学院(ロースクール)の創設と法曹人口(弁護士人口)の増加政策がとられてきた。政府はこの意見書を受けて、2002年3月19日、2010年をメドに年間3000人の司法試験合格者を目指すことを閣議決定して、弁護士増加政策を推進した。しかし、社会のあらゆる領域で法曹の活動の場を広げ、法の支配をあまねく社会に広げる、という高い理念を掲げて始まった「司法改革は、財政難もあり国・自治体での法曹の活用は全く伸び悩み、企業での活用も思うようには進んでいない。無計画にロースクールの乱立を認可し、ただひたすら司法試験合格者を増やした結果、当初あったロースクールは、73校中20校が廃止又は募集停止に追い込まれ、入学定員数そのものが、当初司法試験合格目標の3000人を切るところまで追い込まれている。しかも、2011年から司法試験合格者がトレーニングを受ける司法研修所教育(1年間)において、給与の支給が廃止され、無給制となったことから、ますます若者の法学部、司法試験離れが加速している。

こうした事態を受けて、政府は2014年7月16日の閣議決定で、「司法試験の年間合格者数については、3000人程度とすることを目指すべきと数値目標を掲げることは現実性を欠くものであり、当面、このような数値目標を立てることはしないものとする。…」と政策の変更を行った。

今年4月16日、内閣官房法曹養成制度改革推進室が行った法曹人口調査報告書案が公開された。

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/hoso_kaikaku/dai19/siryou4.pdf#search=’%E6%B3%95%E6%9B%B9%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%E6%A1%88

本文207ページ、資料を含めると約740ページにもなる膨大な報告書であるが、その内容は、読むに耐えないものとなっている。

私は、日頃中小企業に関連する法律業務に携わっている弁護士であるが、同報告書案で分析している企業の法曹需要について感じたことを書いてみたい。

2 企業の需要

(1)報告書は、企業の弁護士利用の機会と今後の需要予測について、大企業においては5年前と比べて利用が増加しており、今後も法曹有資格者を含め、需要は増大すると分析している。他方、中小企業については、現在及び将来にわたって利用見込みは大きくないとしながらも、契約書作成などの業務などに加え、コンプライアンスなどの業務分野などの潜在的需要があることから、需要の増加が期待できるとしている。

また、法曹有資格者の採用状況について、企業内弁護士がこの10年間で約10倍の1、100人以上となったとしながらも、大企業の約76%、中小企業の約98%が今後採用予定はないこと回答しており、法曹有資格者の企業内活用の有効性が認知されることが必要と述べている。

(2)そもそも司法改革の出発点は、「社会生活上の医師」として法曹が、社会のあらゆる分野でその専門的知識と技術をもって活躍し、法の支配を隅々まで広げ、公正で透明性のある社会を実現することにあった。

法の支配とは、人による支配、権力者をはじめ社会的強者による弱者に対する権利侵害を排除・是正し、法による正義に基づいた公正な社会秩序を実現するための概念である。

このような意味での法の支配を貫徹するためには、企業社会に関与する弁護士が、不正や人の支配に屈しない独立した地位で職務に従事できることが前提条件である。

企業の利潤追求のために弁護士が、企業の論理に従属させられ、法的知識と技術を切り売りせざるをえない立場にたたされたのでは、本末転倒である。企業は社会への有用性・貢献が認められてはじめてその存在が承認される。とりわけ今日においては、グローバル企業のみならずすべての企業には、地球環境・自然環境への配慮と貢献が厳しく要請されている

(3)企業の社会的責任(CSR)と国連グローバル・コンパクト

「The United Nations Global Compact」国連が企業に実践を呼びかける、10項目の普遍的原則。1999年のダボス会議で国連事務総長アナンが人権・労働・環境に関する九つの原則を提唱。2004年に不正・腐敗の防止に関する原則が追加された。企業は、国際的に認められた規範を遵守しながら事業活動を展開することによって、社会的責任を果たし、社会の持続的発展に貢献できる。145か国以上から1万2000を超す企業・団体が参加している(2015年3月現在)。

原則1:企業は、国際的に宣言されている人権の保護を支持、尊重すべきである

原則2:企業は、自らが人権侵害に加担しないよう確保すべきである

原則3:企業は、組合結成の自由と団体交渉の権利の実効的な承認を支持すべきである

原則4:企業は、あらゆる形態の強制労働の撤廃を支持すべきである

原則5:企業は、児童労働の実効的な廃止を支持すべきである

原則6:企業は、雇用と職業における差別の撤廃を支持すべきである

原則7:企業は、環境上の課題に対する予防原則的アプローチを支持すべきである

原則8:企業は、環境に関するより大きな責任を率先して引き受けるべきである

原則9:企業は、環境に優しい技術の開発と普及を奨励すべきである

原則10:企業は、強要と贈収賄を含むあらゆる形態の腐敗の防止に取り組むべきである

(注1)グローバルコンパクト・ジャパン

http://ungcjn.org/gc/principles/index.html)。

(注2)加盟日本企業

http://ungcjn.org/gcjn/state/index.html

企業の利益は、このような制約と社会的ルールの厳格な遵守のもとに、かかる有益企業として持続的に発展するための手段としてはじめて認められるものである。

加盟日本企業には、日本の名だたる大手グローバル企業の名が連なっている。それが、どこまで実践できているかは、別途検証が必要であるが、グローバル企業が、ともあれ、このような国際原則を承認し、その履行を世界に宣言していることは大きな第一歩だと思われる。

念のため調べて見たが、そこに東京電力をはじめ、日本の電力会社の名前は一つもなかったことを付言しておく。

3 法の支配を貫徹するという観点から、企業の需要、法曹活用の意義を語るのであれば、以下のようなわが国の企業(とりわけ大企業の)の病理現象に対して、法曹がどの程度必要とされ、活用されているかという観点が必要不可欠である。

(1)大企業による下請けいじめ、不公正な取引慣行に対してどのような問題点があり、法曹がどのように活用されているか、あるいは活用されるべきか。

(2)企業内におけるサービス残業、長時間過密労働、パワハラ・セクハラ・マタハラの防止、是正、男女差別、障害者雇用の推進に関して、どのような問題状況があり、法曹の活用がどのようになされるべきか。昨今問題となっているいわゆるブラック企業と呼ばれる企業において、法曹がどのような役割を果たすべきか。

(3)健康有害食品や薬品、消費者を惑わす不当商品表示等について、消費者保護の観点から企業内においてどのように法曹が内部から監督機能を果たすべきか。

(4)企業内での不正行為に対して、公益通報制度を実効化するために法曹がどのような役割を果たすべきか。

このような観点からの法曹需要についての検討は、報告書には一片もなく、上滑りの表面的需要調査でしかないことを指摘せざるをえない。グローバルコンパクトの原則は、世界で企業活動を行う上で、最低限のルールを定めたものといえよう。このような世界の趨勢である人と環境を大切にする企業をどう法曹が支えるか、という視点は報告書案にはどこにもない。

4 「法曹有資格者」の活用の有効性という点では、日本インハウスローヤーズ協会(Japan In-House Lawyers Association)」の統計資料を見るとその実態が明らかになる。

(注2)(http://jila.jp/pdf/transition.pdf)

(注3)(http://jila.jp/pdf/analysis201412.pdf)

(注4)(http://jila.jp/pdf/company.pdf)

企業内弁護士を抱える企業は、いわゆるグローバル企業の一部であり、採用された弁護士数の83.5%は、本社機能が集中する東京三会の弁護士である(1307人中1091人)。また、修習期別で見ると、68.3%(889人、期不明があるため比率は一致しない)が実務経験の浅い60期台の弁護士であり、そこには法律家として培った実務経験を企業内に法の支配を貫徹していくという観点は一切ない。 なお、企業内弁護士の男女比を見ると、女性が39.9%とかなりの割合を占めていることが特徴的である。女性の社会進出という観点では歓迎されるべき一面があるかもしれないが、裏を返せば、現在女性が弁護士として開業すること、勤務弁護士として法律事務所に就職することは極めて困難な経済状況にあることの反映であり、やむなく企業内弁護士としての選択をせざるを得ないという境遇にある女性弁護士が多数存在することを指摘しておく。

以上の通り、報告書の企業内弁護士需要への期待は、あふれた法曹人口の吸収という苦肉の就職お願い運動であり、本末転倒したものであることを指摘せざるを得ない。

5 国家は、個人の尊厳と基本的人権の尊重のために存在する。そして、企業は、社会への貢献のために存在を承認されているのであり、その存在価値は究極的には個人の尊厳の基本的人権の実現に資することに還元される。

近代憲法は、国家の暴走を回避するために、三権分立を採用している。司法改革の目的、出発点が企業社会に法の支配を貫徹し、そこに存在する病理現象を除去して活力ある社会をつくることにあったとするのであれば、一面で企業にとっては耳の痛いことではあっても、病理を糺すための法曹の活用を考えるべきである。

そして、そこで活用されるべき法曹は、目先の利害にとらわれず、独立した立場で企業経営に意見する弁護士でなければならない。

「日本でいちばん大切にしたい会社」等の著書がある坂本光司法政大学大学院教授は、社員と家族、取引先企業、地域社会、女性や障害者などの弱者を大切にする企業こそが、存在を許される企業であり社会が励ますべき対象であると提言されている。そして、5年前から経済産業省、厚生労働省などの後援を受けて「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の選定と受賞式に取り組まれている。このような、活動と企業の改善運動にこそ本来法曹は力を発揮すべきであり、そのための需要喚起こそ必要ではないか、と考える。

司法改革が真に国民に支持され、国民の利益になるとすれば、このような抜本的な企業改革への貢献ではなかろうか。

以 上

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