15-04-01 : 法律コラム第11回「「いじめ」と子どもの人権」(弁護士田畑智砂)

  1. 授業自体は非常にシンプルだ。メッセージはたった一つ、「いじめ」はどんな理由があっても許されない人権侵害行為であること。ただそのメッセージを私から押し付けることなく、児童生徒達自身でその結論に達してもらえるように工夫している。最初に投げかける質問はだいたいこんな感じだ。
    「いじめをしても良い場合があると思いますか?」
    生徒達は当初、いじめられる側にも原因があり、その場合にはいじめが許されると答えるのが大抵である。しかし「いじめても良い理由とは何か」と問うと、自問自答しだす。悪口を言う、空気が読めない、その生徒自身がいじめをしていた、みんなと変っている等々。でも本当にそれが、それだけでいじめをして良い理由になるのかと問うと、徐々に疑問符が湧き出してくる。最後には、いじめが原因で命を絶ってしまった生徒の実話を紹介し、彼が、彼女がどれだけ苦しんだか、いじめがどれだけその生徒の人格を否定し、追い詰める行為であるかをお話しするようにしている。
  2. 私は、弁護士会の活動の一環として、「いじめ出張授業」の講師活動に携わってきた。都内の小中学校からのご依頼を受け、学校の授業内で「いじめ」防止に関する啓蒙授業を行う活動だ。センシティブな内容を取り扱うだけに、学校との詳細な事前打ち合わせは欠かせない。当該その学校での「いじめ」の有無。ある場合、又は過去にあった場合にはその形態、対応、対象生徒の現状と学校側の考え方、「いじめ」以外の問題の有無等々。もちろんいくら綿密に聞き取っても、閉鎖された子ども達の社会には、親も学校も把握しきれない問題が存在することはままある。そのため現地に赴いて、出来るだけ想像力を膨らませるように心がけている。
  3. 子どもの頃の世界は狭く、ともすると学校の友人関係が全てだと思い込んでしまいがちである。そのため、学校内に自分の居場所を失うことで、自分の全てを否定されたと考え、苦悩する子どもも多い。そして最悪な場合には、思い悩むあまり自ら死を選んでしまう子どもすら居る。友達の間で多少の喧嘩やいさかいが生じるのは当たり前で、またそれは、社会性や人間関係を学ぶ上でメリットがあると思う。しかしながら、「いじめ」は「喧嘩」と違う。「いじめ」は、いじめられている子どもの人格を否定し、程度の差こそあれ絶対に許されない人権侵害行為である。このことを、私はもっと子ども達に考えてもらい、理解して欲しいと思うのだ。
  4. 私も小学生中学生時代にクラスメートをいじめたことがあり、また逆にいじめられたことがある。今思い返すととても他愛のないことが気に入らなかったというだけで、一人の子を徹底的に無視し、また無視された。いじめている時は、仲間から外されることが怖かったし、いじめられている時はじっと耐えていればまた仲間に入れてもらえると歯を食いしばっていた。ある種ゲームのような感覚だったことも覚えている。悪いことをしているという罪の意識などまるでなかった。おそらく今の子ども達もそうなのであろうと思う。今更ながらあの頃、「いじめ」について考え、それがいけないことなのか、どうしてそれがいけないことなのか、教育を受け、考える機会を与えられていたならと思う。
  5. 「いじめ」が脅迫や恐喝、名誉毀損、暴行傷害に及んだ場合にはもちろん、それは刑法上の罪に問われることになる。そこまで至らなくても、そもそも「いじめ」は憲法第13条が規定する幸福追求権の侵害行為である。2014年9月に施行された「いじめ防止対策推進法」は、第4条で「児童等は、いじめを行ってはならない」とはっきり規定した。この法律はまだまだ見直す点も多いと思われるが、児童を名宛人として、初めて「いじめはいけない」と明言したことは、いじめ撲滅に対する国の姿勢を示す第一歩であると評価している。
  6. 最近は、インターネットのブログやSNSへの誹謗中傷の投稿など、目に見えない形態の「いじめ」が行われるようになった。匿名性を利用した悪質な内容のものも多くなっている。「いじめ」はまるで、行き場のないストレスが一人の弱者(と烙印を押された者)に対し吐き出されているかのようだ。それは大人社会のモラハラやパワハラも同様だ。子ども達は大人のすることをよく観察している。ご家庭内で投げかけられたモラハラの一言をも子どもは聞き逃してはいない。「いじめ」は連鎖することを、どうか大人も忘れないで頂きたい。
  7. 1994年に日本も批准した「子どもの権利条約」は、18歳未満の子どもであっても、それぞれ固有の人権を持っていることを確認している。子ども一人ひとりに大切な人権があること、それは尊重されなければいけないこと。私は、当事者である子ども達が、もっと自分達で「いじめ」問題について議論し、考え、自分たちの意見を表明する土壌を作りたいと願う。

以 上

(文責 弁護士田畑 智砂)

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