15-02-01 : 法律コラム第9回「中国でのビジネスを考える~ビジネスにおける信頼関係」(弁護士 磯部 たな)

1 信頼関係が崩壊するとき

(1)長年継続的に取引していたのに・・・

あなたが,長年にわたり仕事上の付き合いがある人物(以下「A氏」といいます。)に,ビルの建設を頼んだとします。A氏とは「まぁ,いつものように,代金の支払いは仕事前でも後でもいいよ」といったあいまいな約束をすることが多いでしょう。しかし,その工事に着手する前にA氏が他界し,今まで話もしたことのない息子さんが彼の後を継いでビルの建設を行なうということになったとします。その時,代金を先に支払うことを前提に工事を請け負ったのか,それとも,工事終了後に代金を支払う約束で請け負ったのかで争いになることがあります。

これは、継続的にお互いの状況を理解しながら契約を続けてきた良い関係が,当事者の変更という突然の状況の変化によって一転して険悪な関係になり,紛争となる典型例です。「信頼関係」の崩壊が引き起こした紛争と言ってもいいでしょう。この場合は,当事者間の信頼関係は失われているのですから,客観的な目に見える事実の処理によって淡々と紛争を解決するしかありません。

また,信頼関係を直接脅かすような行為,つまり、決められた義務(債務の履行)を行なわないといったときには、その不履行ということを理由に、契約を解除したり,損害の償いを求めたりすることで処理します。

(2)不安の抗弁権

では,次に,信頼関係があったので契約を締結したのに,一方がその信頼関係を破壊するとまではいかないものの,ある種のおびやかし行為を見せたとき,すなわちもう一方が「この契約はこのまま続けていって大丈夫かしら?」と夜も眠れないような不安感を抱くようになった時,この不安感はどのようにして解消できるでしょうか。

例えば,工事請負業者が先に工事を行うと約束していたのに、代金を払う者の経済状況が悪化した場合はどうでしょうか。工事請負業者は、相手が代金を支払ってくれのるか確信を持てないとして、工事を行わないことは許されるでしょうか。このような不安を払拭する権利はあるのでしょうか?あります。それは「不安の抗弁権」という考え方です(ただし、法律には定められていません)。これは、先に工事等を行わなければならない者が、相手方の信用不安・財政状況の悪化により、代金等を得られない可能性が生じた場合には、工事等の先に行うべき行為を拒絶することができるというものです。しかし,一般に,日本では,「不安の抗弁権」で,自分が先に工事等の債務を履行する義務を負っているときに履行を拒むことができるためには、厳格な要件が満たされる必要があります。加えて、このような「不安の抗弁権」で,担保を要求したり,契約を解除したりすることはできないと考えられています。

2 中国におけるビジネス

(1)中国法の理解の重要性

ところが、中国ではそうではありません。ご存知のように,中国は,いまやアメリカを凌ぐ世界最大のマーケットを築いていて、日本との関係でも最も重要な経済パートナーの一つです。そのため,中国法と日本法の違いを理解することは非常に大事です。今回考える「不安の抗弁権」も日本の場合と大きく違います。

(2)中国における法律~中国進出を考えている方へ~

中国では,「不安の抗弁権」という権利が法律で認められています。ニュースなどで,変な顔のミッキーマウス?やハローキティ?を目にすることがあります。このようにコピーもどきの商品を数多く販売している中国では,法はきちんと整備されておらず、機能していないのではないかと思われがちです。確かに,憲法や刑法の面では,法は整備されているものの,法によって物事が解決されているのか疑われる場面もしばしばみられますが,実際に私たちにとって一番重要な民法については,かなり整備され発展されているのです。

しかし,多くの日本企業は往々にしてこの認識を欠き,中国法は不全である,という先入観を抱きながら中国に事業進出を行なっていて,そのため,しばしば,思わぬ損失を招くこともあります。民法の場面では,日本はもはや中国に対してうがった見方は出来ないと言ってもよいでしょう。

(3)「不安の抗弁権」in 中国

では,中国では,「不安の抗弁権」はどのようなもので,またどのように機能しているのでしょうか。それは次の例から端的にうかがうことができます。

たとえば,食材をつくり,レストランBに届ける約束をしているAがいたとします。しかし,Aがいつも品物を卸すレストランBの経済状況が悪化し,Aは代金を回収できない恐れが出てきました。その時,この「不安の抗弁権」が機能し、AはBの経済状態の悪化を理由として,品物を卸さなくても済みます。さらには,Bの経営状況がよくならないとき,またはBが担保を提供できないときは,この権利によって,契約を解除することができます。

つまり,「不安だから,契約を止めます!」と言うこともできてしまう権利が,中国の「不安の抗弁権」なのです。日本では,上記のとおり「不安の抗弁権」は,考え方としては存在しますが,しっかりとした権利として,明文上,認められているわけではありません。また、上記のとおり、中国とはその中身は大きく異なります。つまり,日本ではかなり限られた状況の下でしかこの抗弁権は使えませんし,その効果も工事等の債務を行うことを拒絶するという抗弁行為に限定され,契約の解除までは認められていません。

中国法は系譜として,大陸法系をひいており,民法の中でも,多くの条文が,比較的に,日本法と親和性を有します。しかし,結果として以上述べたような違いが生まれています。それはなぜでしょう。その原因は,中国の「不信の文化」(早稲田大学:小口彦太教授)にあると考えることもできます。通常,契約は信頼関係がある所に生まれますが,中国では取引企業間に信頼関係がないこと(「不信の文化」)が多く,そのため,それを法で埋める必要が生じてこの権利が明文化されたのです。反対に日本は,幸運なことに,契約の基礎としての信頼関係がかなり築かれています。

みなさんもきっと,そう感じたことがあるのではないでしょうか?

「あそこの会社は昨日電話で,来週資金調達できると言っていたから来週払ってくれるだろう。来週取りに行けば大丈夫だ。」日本人は,自分がこうしているのだから,相手もきっと同じような態度で応じてくれると考えがちですし,実際に日本ではそうなる確率が高いでしょう。

しかし,そうとは限らない国もあります。中国がまさにその例なのです。商売はシビアな世界です。本来、そこに感情や思い込みが入る余地はありません。どこまでもお金の世界です。それを日本の企業のみなさんには念頭に置いてほしいと思います。

確かに,上記のように法が信頼関係の代替物となり、紛争を未然に防ぐことはあります。しかし,中国では,信頼関係が目に見えないものであることを知っているがゆえに,目に見えるもの,契約の場合は約款ですが,それを細部に渡りしっかりと作ります。実際に,裁判では圧倒的に約款が重要になります。約款が雌雄を決する決め手となる場合がほとんどです。ですから,中国進出を考えていらっしゃる方などは,ぜひ,緻密な約款を作ることをお勧めいたします。日本人的性善説の考え方ではもはや「不信の文化」には対抗できないのです。「不信の文化」に対抗できる手段は,中国に対する冷静で正確な認識と緻密な約款であると言えます。

以 上

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