17-05-08 : 法律コラム第25回「少年法の適用年齢引き下げの問題点について」(弁護士田畑智砂)

  1. 昨年12月20日、法務省の「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」が取りまとめ報告書(以下、「報告書」という。)を発表した。これを踏まえて本年2月9日、「少年法の適用年齢引き下げの是非を含めた若年層に対する刑事法制の在り方」について法務大臣が法制審議会に調査審議を諮問した。
    年齢引き下げ議論の発端は、選挙権年齢を18歳に引き下げた「公職選挙法等の一部を改正する法律」附則第11条が、「国は、国民投票の投票権を有する者の年齢及び選挙権を有する者の年齢が満18年以上とされたことを踏まえ・・・民法、少年法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と規定していることにある。民法の成年年齢については、平成21年10月に、法制審議会が「国民投票年齢が18歳と定められたことに伴い、選挙権年齢が18歳に引き下げられることになるのであれば、18歳、19歳が政治に参加しているという意識と責任感をもって実感できるようにするためにも、取引の場面など私法の領域においても自己の判断と責任において自立した活動をすることができるよう、民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である」と答申しており、現在、成年年齢を18歳に引き下げることに向けた具体的な準備が進められている。
  2. しかしながら、法律の適用対象年齢は、制度趣旨や目的に照らして法律ごとに個別に検討されるべきものであり、選挙権年齢に必ずしも連動すべきものではないことは言うまでもない。選挙権年齢の引き下げ目的は、若者の政治参加を促進し、若者の意見を政治に反映させることであると言われている。「報告書」の引き下げ賛成意見の中には、「大人として取り扱われることとなる年齢は、一致する方が国民にとって分かりやすく、18歳に達した者に対して大人としての自覚を促す上でも適切であって、公職選挙法の選挙権年齢及び民法の成年年齢を18歳に引き下げる趣旨とも整合する」「民法の成年年齢が18歳に引き下げられた場合には、18歳以上の者は成年者となり、生活全般にわたって親の親権に服さず、取引に関する行為能力も認められることとなる。そのような成年者を、類型的に保護主義(パターナリズム)に基づく保護処分の対象とすることは、過剰な介入である。」とあるが、これらの意見は、少年法の理念を全く理解していない主張であると言わざるを得ない。
  3. 少年法は「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的」としている(少年法第1条)。全件が家庭裁判所に送致され、少年の生活環境や非行原因について詳細な調査が行われるのも、少年に対して刑罰による社会的責任の追及ではなく保護処分による教育的処遇が行われるのも、少年が未だ人格の発展途上にあり、精神的にも未熟であって、可塑性が認められる点にある。非行を犯した少年には虐待や不適切養育の成育歴が認められることが多いことは、少年事件を担当している弁護士にとっては周知の事実であり、適切な教育の場を与えられていなかった彼らが再非行・再犯防止のために必要なのは、刑罰ではなく、「育ち直し」の機会なのである。刑罰では再非行・再犯は防止できない。「報告書」の反対意見の中には「脳の発達が20歳大半ばまで続くという脳科学の知見を見ても、18歳、19歳の者は、未成熟で発達の途上にある可塑性が高い存在であって、罪を犯したことについて成熟した大人と同じように非難し、責任を負わせるべきではなく、また、処遇・教育の効果が特に期待できる存在である。」との意見があるが、まさしくその通りである。民法の成年年齢引き下げ議論についてはここでは触れないが、民法のパターナリズムと少年法のパターナリズムも、それぞれ趣が異なるものであることは確かである。
  4. 平成27年度版犯罪白書によれば、少年による一般刑法犯は、窃盗罪、遺失物等横領罪の順に構成比が高く、これら2罪だけで全体の8%を占めている。これらの2罪の中には万引きや置き引き等、刑事事件となれば起訴猶予や罰金、執行猶予となるような微罪事件が多数含まれているのである。すなわち、これら事件を起こした18歳、19歳に少年法が適用されれば、事件をきっかけに「非行の端緒」が認められ適切な処遇に繋がり得たにもかかわらず、刑事事件として処理されることで適切な時期に適切な処遇を受けられなくなる恐れがあるのである。
    また、犯罪被害者からは、少年法適用年齢引き下げ賛成意見として、「責任ある行動がとれると国によって認定された18歳、19歳の者が重大な罪を犯した場合に、少年法が適用されて刑罰が減免されるなどということは許されることではない」との意見があるが、既に2000年改正で、一定の重大事件を犯した16歳以上の少年については原則逆送が定められているのであり(少年法20条2項)、この原則逆送の是非はともあれ、引き下げの根拠とはならない。
  5. さらに、「報告書」では、仮に少年法適用年齢が引き下げられた場合には刑事政策的懸念があるとして、どのような代替措置があり得るのかの検討がなされている。18歳、19歳のみならず20歳以上の若年層を含めた更生・再犯防止のための措置を検討している点は評価できるものの、現行法で十分に少年の更生・再非行防止に機能している少年法の適用年齢を引き下げてしまうことの問題点はまったく検討されていない。
  6. 以上から、少年法の適用年齢引き下げは、立法事実=改正の必要性・相当性を欠いたものと言わざるを得ない。少年法の制度趣旨を顧みない安易な引き下げが行われることがないよう今後の議論の動向にも監視の目を緩めてはならない。

以 上

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