12-06-30 : となりの弁護士「モノよりコト」(弁護士原 和良)

1 5月20日、東京墨田区に世界一の高層建築物であるスカイツリーがついにオープンした。かの石原慎太郎東京都知事は、この建物がお嫌いみたいであるが、マスコミではこのオープンに合わせて様々な特集記事を掲載し、キャンペーンを張っていた。

二番じゃだめなんですが、という事業仕訳の発言で物議を醸したのは、蓮舫元行革大臣である。それは置くとしても、人間の心理は、良くも悪くも、一番という言葉の魔法にどうも弱いようである。

2 1番高い建築物であろうが、それより50センチ低い二番の建築物であろうが、本来そんなものは、モノの価値としてはそんなに変わらないはずである。そもそも、人は自分との関係で、モノの価値を無意識に判断しているが、冷静に考えるとスカイツリーでビジネスをしようと考えている人以外にとっては、どうでもよい問題であろう。

3 それでも、何故、多くの人がスカイツリーで騒ぐのか?それは、モノよりコトで人間は動くという深層心理に他ならない。スカイツリーが高いことが自分にモノとしての価値があるのではない。一番高いスカイツリーを訪れた、歴史の一コマに自分の人生が遭遇したコトに価値を見出すのである。それは、恋人と世界一高いスカイツリーに上ったコト、家族と上ったコト、子どもを連れて興奮する子どもの顔をビデオに収めたコト、に価値があるのである。そういえば、数年前にRV自動車のコマーシャルで、「モノより思い出」というキャッチコピーのコマーシャルがあったことを思い出した。

4 そんなことを考えると、どんな業種であれ、われわれの仕事も、顧客に売っているものは、モノの対価ではなく、実はコトの対価であることに気が付く。マイホームを売っている不動産業者は家というモノを売るのではなく、幸せな家庭というコトを売る。我々弁護士は、法的知識と技術を売るのではなく、事件の解決を通して幸せというコトを売る。

先日、タニタの会長のお話を聞く機会があって、講演後の懇親会でもご挨拶させていただくことができた。タニタは体重計を売っているのではない、人間の健康を売っているのだというのが会長の言葉。松下幸之助氏が、「うちの会社は、人を育てることを仕事にしています」と言ったことを想起させる。

5 売上ばかりを追っていると、モノに気がとられがちである。しかし、一番大事なのは、お客様に他社では得られない「コト」を売ることである。資本主義の貨幣経済では、商品交換が貨幣を通じて行われ、あたかも貨幣価値の移転そのものが人間社会の経済のすべてであるかのような錯覚をもたらす。マルクスは、これを貨幣の物神崇拝と命名した。

しかし、われわれ人間社会でのモノやサービスの交換は、モノやサービスの交換を通じたコト(生きている証)の交換がその本質にあるように思えてならない。

経営がうまくいかなくなったとき、自社は顧客にどんな「コト」を提供しているのか、とその存在意義をもう一度深く問い直してみることも大事なことである。

以 上

(弁護士原 和良「となりの弁護士」「オフィス・サポートNEWS」 2012年6月号掲載)

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