16-04-29 : となりの弁護士「人間は、自然の一部であることを忘れてはならない」(弁護士 原 和良)

1 人類は、この宇宙の中で、約700万年前に2足歩行を初めて以来、様々な道具を発明して、自然に働きかけ自然を支配する知恵を授けられ、今のところこの地球上で最も発達した生物としての地位を与えられている。

しかし、2011年3月11日の東北地方大震災とそれに引き続く福島第一原子力発電所の事故と放射能被害、そして最近の熊本を中心とする震災被害を見るにつけ、自然を侮ってはいけない、自然を支配できるなどという傲慢な思想をもってはならない、われわれ人類もまた自然の一部なのであるという自覚と自戒を持たなければならないという思いを強くする。

2 原発と司法

(1)これまで、日本の司法は、国策である原発問題について、司法判断を下すことに極めて消極的であった。

1992年の伊方原発差止め訴訟の最高裁判決は、原子力発電所の危険性の判断は、基本的に専門家にゆだねられるべきであり、裁判所は、「原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落」があるかのプロセスを外形的に審査する、という姿勢をしめした。」(*1)

(2)これに対し、3.11以降の司法判断は、全体としての流れは基本的に変わっていないものの、原発事故を招来した司法の責任を自覚した、画期的な判断がいくつか散見される。

福井地裁の大飯原発3,4号機運転差止請求事件判決(2014年5月21日)では、「原子力発電技術の危険性の本質、及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く危険性が、万が一にでもあるのかが、判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは、裁判所に課された重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。」と判事している(樋口英明裁判官)。(*2)

また、大津地裁の原発再稼働禁止仮処分申立事件(2016年3月9日決定)では、伊方原発最高裁判決の枠組みは維持しながら、「(関西電力が)、依拠した根拠、資料等を明らかにすべきであり、その主張及び疎明が尽くされない場合には、債務者の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。また、債務者は、福島第一原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政がどのように変化し、本件各原発の設計や運転のための規制がどのように強化され、債務者がこの要請にどのように応えたかについて、主張及び疎明を尽くすべきである。…本件各原発については、債権者らの人格権が侵害されるおそれが高いにも関わらず、その安全性が確保されていることについて、債務者は主張及び疎明を尽くしていない。」として差止め仮処分を認めた(山本義彦裁判長)。(*3)

(3)3.11が私たちに示したものは何か

安全性に対する判断は、「専門家」でもわからない、少なくとも「専門家」の判断は不完全なものであるということを事実で示した。

そうであれば、個人の尊厳という見地からは、国、電力会社に、安全であるという立証責任を尽くさせるということが第一に必要である。そして第二には、民主主義の社会にあっては、安全と認めるかどうかは、主権者である国民の判断にゆだねられるべきであるという結論になろう。却下された川内原発稼働差止め仮処分の決定の理由にも、社会的合意という考慮要素が示されている。(*4)

3 熊本の震災をめぐって、隣県の鹿児島県にある川内原発、佐賀県の玄海原発、愛媛の伊方原発の稼働の可否が問題になっている。それは、全国すべての原発に共通する課題である。国民が、リスクを判断すべきということであれば、最もその意思を表明すべき機会は、選挙、投票行動ということになろう。

7月に予定されている参議院選挙はもちろん、衆議院選挙、各自治体での首長選挙、地方議員選挙、においてリスク判断について国民、市民が判断をすべき機会を保証すべきであろう。

人間は、自然の一部であり、自然を支配できるなどと考えてはいけない。判断を迫られているのは、私たち一人一人だ。

*1:伊方原発最高裁判決(1992年10月29日判決)

原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。

*2:大飯原発3,4号機運転差止請求事件判決(福井地裁2014年5月21日)では、「原子力発電技術の危険性の本質、及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く危険性が、万が一にでもあるのかが、判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは、裁判所に課された重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。」

*3:原発再稼働禁止仮処分申立事件(大津地裁 2016年3月9日決定)は、伊方原発最高裁判決の枠組みは維持しながら、「(関西電力が)、依拠した根拠、資料等を明らかにすべきであり、その主張及び疎明が尽くされない場合には、債務者の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。また、債務者は、福島第一原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政がどのように変化し、本件各原発の設計や運転のための規制がどのように強化され、債務者がこの要請にどのように応えたかについて、主張及び疎明を尽くすべきである。…本件各原発については、債権者らの人格権が侵害されるおそれが高いにも関わらず、その安全性が確保されていることについて、債務者は主張及び疎明を尽くしていない。」(山本義彦裁判長)。

*4:川内原発稼働禁止仮処分申立事件(鹿児島地裁2015年4月22日決定)は、仮処分そのものは却下したが、決定分は以下のように述べる。「もっとも、地震や火山活動等の自然現象も十分に解明されているものではなく債務者や原子力規制委員会が前提としている地震や火山活動に対する理解が実態とかい離している可能性が全くないとは言い切れないし、確率的安全評価の手法にも不確定な要素が含まれていることは否定できないのであって、債権者らが主張するように更に厳しい基準で原子炉施設の安全性を審査すべきであるという考え方も成り立ち得ないものではない。したがって、今後、原子炉施設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認められる場合においては、そうした安全性のレベルを基に周辺住民の人格的利益の侵害又はそのおそれの有無を判断すべきことになる。」(前田郁勝裁判長)。

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