「ハーバードからの贈り物」(ランダムハウス講談社)という本が出た。ハーバード・ビジネス・スクールを代表する教授たちが、学期末におこなった恒例の最終講義を収録したもので、エリートとして世界にはばたく学生たちに、真のエリートとしての生き方を語りかける講演を収録したものだが、一読の価値がある。
登山家でもある故ジャック・マイヤー教授は、ヒマラヤでの遭難経験のエピソードをあげながら、エリートとは自分の才能ではなく、先生や両親など自分の周囲の人たちから与えられた「幸運」であること、幸運を与えられた人には責任があること、エリートには他の人々の幸運を作り出すために自分の能力を発揮する責任があると教える。
著名な経営コンサルタントであり大企業のCEOを長らく勤めたスティーブン・P・カウフマン教授は、トップになるとまずい食事が食えなくなるという比喩を使いながら、全権を握るトップこそ、自分に異議申立をする人、誤りを指摘してくれる人を大事にしなさい、と説く。西武の堤さんもこの本を読んでおけば良かったのに、と思う。
K・ケント・ボウフマン教授は、幼い頃に父親を亡くしている。母親のサラは、掃除婦や皿洗いのパートをしながら、5人の子どもたちを育て上げた。ボウフマンは、会社のリーダーになっていく学生たちに、底辺で一生懸命働いている労働者たちを大事にするようにとメッセージを託す。「会社のリストラで従業員の解雇を考えなければならなくなったら、どうかサラの物語を思い出してほしい。…従業員は、ただの数字ではない。皆、現実を生きている人間なのだ。…1人1人が誰かの幸福を願って額に汗し、犠牲を払っている。こうした人たちも…敬意と思いやりを示してほしい。」
政治も行政も企業も、上に立つ人がもっとこのような志をもっていれば、日本はもっと変わっているだろう。教育改革に必要なのは、出世や私欲を捨てて公のために自主的に力を発揮しようとする真のエリートを育成することであり、クリティカル・シンキングできる個性豊かな子どもたちの育つ寛容な教育環境をつくることである。卒業式で日の丸・君が代を強制し、処分することが教育ではない。本当のリーダーには、自戒と責任感が必要なのである。
会社の経営者や部下を持つ人に、ぜひお薦めしたい名著である。
以 上
(弁護士原 和良「ひとこと言わせて頂けば」2005.4)