2 O氏は、10年前、妻を被保険者としてA社の3千万円の生命保険に加入していた。しかし会社の主要取引先であるB保険会社を担当することとなり、B社からの執拗な勧誘に仕方なくA社を解約し、B社の保険に加入し直した。妻が自殺する半年前の話である。
生命保険には、保険金目当てで加入する自殺願望者の加入を防ぐために「自殺免責」という制度があり、加入後一定期間の自殺には保険金は支払われない。重度の精神病等で判断能力がないもとでの自殺は「自殺」ではない、という古くからの判例もあるが、その認定は極めて狭き門になっている。
3 不利を覚悟でO氏は提訴し、O氏の妻に死亡当時判断能力が備わっていたのか否かを最大の争点に、精神科医の意見書の応酬が繰り広げられた。先日開かれた原告O氏の本人尋問。私は最後に質問した。「あなたは何故会社の最大の得意先であるB社を相手に裁判を起こそうと思ったのですか」。O氏の答えは、打ち合わせに全くないものであった。O氏は声を震わせながら「B社は妻の死亡後半年間、調査を行ないました。半年後私はB社に呼ばれ、『保険金は支払えません』と言われました。その席に、私に保険を勧めた担当者の上司が同席していたのですが、いすに足をくんで座り携帯電話をブラブラさせながら遊んでいました。私はその姿を見て裁判を決意しました」と答えたのである。
4 彼は、お金が欲しくて裁判を起こしたのではない。人の死を扱う生命保険会社の社員の人間性を糾したかったのだ。尋問が終わり、裁判長は大きくうなずき、双方に強い口調で和解を勧告した。
(弁護士原 和良「ひとこと言わせて頂けば」2004.11掲載)