先月、末期がんの方の遺言書を病院で作成した。遺言には、通常、自筆証書遺言、公正証書遺言とがあるが、今回は危急時遺言というめったにない遺言書を作成することになった。その依頼者は自分の死期が近づいてきたことを悟り、「原先生を呼んでほしい」と身内に連絡をしたそうで、私はとある大学病院にお見舞いに向かった。10数年前に事件を解決した依頼者が、最後の依頼を私にしてくれることは、弁護士冥利に尽きることであり、何をおいても本人が安心して最後の時を過ごせるようにしたいとスケジュールを無理に変更して、遺言書を作成することにした。子どものいない依頼人は、自分のお世話になった社会福祉施設やボランティア団体などに遺産を寄付したかったのだ。
最初にお見舞いに行った時は、本人はまだ大変元気で署名捺印もできた。これなら自筆証書遺言も公正証書遺言も作成可能だ。関係書類を取り寄せて10日後に公証人を病院に呼んで、公正証書遺言を作成することにした。しかし、数日後に病状は悪化、脳にがん細胞が転移し、病院にかけつけたときには、あと1、2日体力がもつかという危険な状態であった。すでに、手は麻痺して署名もできない。
そこで深夜、事務所の職員を証人として病院に呼び出し、危急時遺言(本人が危篤状態で署名捺印できないときには、証人3人が立会い、1人が遺言内容を口述筆記して、署名することで遺言書が出来上がる。この遺言書は、作成から20日以内に、家庭裁判所に確認を求めないと効力を生じない)を作成した。
翌日、公正証書遺言を作成するために公証役場に電話し、何とか、公正証書遺言の作成も無事間に合い、危急時遺言書は、結果的には必要なくなった。とにかく、死期が迫った人の遺言書作成は、時間との勝負である。二日後、妹さんから「姉が亡くなりました」との電話をもらった。
人の命とははかないものである。どんなに強い人間でも、威張っている人間でも、死には勝てない。生きていることに感謝し、自分が死に直面した時に、あれをやっておけばよかった、と後悔しない毎日を送りたいものである。
以 上
(弁護士原 和良「となりの弁護士」2008.7掲載)