06-10-01 : となりの弁護士「安全・安心な街」(弁護士原 和良)

先月(9月)末、近所のマンションで25歳の母親が長男(2歳)を11階の共用廊下から落死させるというショッキングな事件が起こった。母親は「子どもが泣きやまないので廊下であやしているうちに、体調が悪くなり気づいたら落ちていた」と警察で供述しているという。母親は、精神不安定で精神科に通院していたという。

近年、治安の悪化が叫ばれ、地域の安全・安心が関心事となっている。その背景には、核家族化、都市化という流れとともに、格差社会化と将来不安、グローバル化と外国人居住者の増加があるといわれている。また、国内的にはオウム真理教による無差別殺人、センセーショナルに報道される子どもが被害者となった残虐殺人事件、国際的には9.11テロがこうした国民の不安感を下支えしている。

国民の不安感を世論として「危険な」国民・外国人を予防的に排除しようとする動きが強まっている。国では、入管法改正による外国人に対する指紋登録の強制、テロ対策を口実にした共謀罪の新設、地方では、生活安全条例の制定や小学校単位の防犯の強化などが取り組まれている。街でもマンションでも、監視カメラによる相互監視が当然のこととして支持される。

確かに悲惨な事件が目に付く。しかし、警察庁の統計を冷静に見ると、幼児の殺人は、昭和50年代前半(小学生以下の殺人被害幼児は年間500人弱)をピークに年々減少している(平成17年で105人)。殺人事件の発生推移も人口10万人あたりの発生件数は、戦後一貫して減少している(1950年には3.5件だったのが、90年以降は1件前後)(河合幹雄『安心神話崩壊のパラドックス』岩波書店)。また、警察庁の発表によると13歳未満の殺人被害者の認知件数のうち加害者の約7割は被害者の家族である(森田ゆり『子どもが出会う犯罪と暴力~防犯対策の幻想』生活人新書)。

皮肉なことに、家族と個人のプライバシーを重視し、個人の生活への他者の侵入を防ぐ治安対策を進める一方で、子どもの犯罪被害は、目がとどかなくなった家庭の中でその大半が起こっているのである。冒頭の事件で思うのは、国民一人一人が互いに孤立しない共生社会をつくる努力をすること、子育てが家庭内で孤立化しないよう国と地方行政によるケアを強めることが本当に安心・安全な社会をつくることにつながるということである。

以 上

(弁護士原 和良「となりの弁護士」2006.10掲載)

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