05-12-01 : ひとこと言わせて頂けば「報酬を取り損なった事件の話」(弁護士原 和良)

1 スナックのママが、深夜自宅(三階一戸建て)に帰ったところ、ピストル強盗が侵入していた。女性は、室内に待ち構えていた強盗にピストルを突きつけられたが、室内を物色する隙を見て、3階の窓から飛び降り逃げた。しかし、飛び降りたときに腰部を強打し、激しい痛みは事故後3年を経ても治癒しない。毎晩のように恐怖にうなされ、PTSD症状を発症するに至った。

2 女性は事件当時、自宅の4階部分を増築中で、周囲は養生シートで囲われ、外部から4階に上る作業はしごが設置され、さらに3階天井部には、70センチ四方の開口部が開けられていた。強盗は、この作業はしごを使って4階まで上り、開口部から3階に侵入したらしい。警察の捜査は迷宮入りでもはや犯人は特定できない。増築工事を行っていた施工業者の責任を追及する民事訴訟を提起した。

3 まずは、犯人の侵入経路を立証しなければならないが、警察の当時の捜査記録を見ても、侵入経路に関する証拠は全くない。何度も、所轄の警察署に足を運んでいるうちに、担当者もとうとう根負けし、未現像の写真を倉庫から見つけ出し、裁判所に提出してくれた。その写真の一枚の中に、かすかに3階天井から落ちてきたものと思われる木屑が写っていた。また、3階天井の開口部からの侵入が物理的に可能なことを証明するため、大工に頼んで現場設計図を基に3階天井部と3階部分のモデルルームを作成し、侵入の模擬実験も行い写真を証拠として提出した。

4 一審は、施工業者の法的責任を認めたものの、損害立証の点は不十分さを残し、3千万円の請求のうちわずか70万円の損害を認めるにとどまった。控訴審では、損害立証にほとんどの労力を費やした。5年間の腰痛治療の経過を分析するためにすべての医療記録を取り寄せ、また、PTSDの立証のために嫌がる本人を心療内科に通わせ、医師の意見書を提出した。

裁判期日に出廷する度に、取り乱し、2回も裁判所に救急車を呼ぶことになってしまった。結果は、1審判決を変更し、約1千万円の請求認容判決であった。裁判官も、私と同じようにこの人は救済されなければならないし、救済されなければ心の病は治らない、と感じていたのだろう。

5 しかし依頼者は、1千万円しか認められないことに不満であった。請求しても、報酬は未だにもらえないが、弁護士とは何か、を学んだ思い出の事件となった。

以 上

(弁護士原 和良「ひとこと言わせて頂けば」2005.12掲載)

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