15-07-01 : 法律コラム第14回「マイナンバー制度について」(弁護士 片岡勇)

1 昨今,企業向けのマイナンバー制度の説明会が大盛況である。私も,今年5月に,所属する中小企業家同友会豊島支部の例会にて,社会保険労務士・税理士・弁護士それぞれの立場からマイナンバー制度についてお話しする研修会の講師を行った。普段の例会では参加者集めに苦労することも多いが,この会においては,大した宣伝活動もしなかったのに,いつもの2倍近い方が出席をしてくれた。

 

2 ところで,「マイナンバー」ってどのような制度であるかご存じだろうか。聞いたことはある,会社として色々対応しなければならないらしいけど何をしたらいいのかよく分からない,といった方が多いのではないかと思うので,まずはその概略について紹介したい。

マイナンバー制度とは,「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」に基づく社会保障・税番号制度の通称で,住民票を有する全ての人に対して,固有の12桁の番号(マイナンバー)を付番し,複数の機関に存在する個人の情報が同一人物の情報であることの確認を可能にするために活用するものである。

そして,政府の広報によればその目的は,①行政の効率化(マイナンバーによる国や地方公共団体の間で情報連携が始まると,これまで相当な時間がかかっていた情報の照合,転記等に要する時間・労力が大幅に削減され,手続が正確でスムーズになる),②国民の利便性の向上(添付処理が削減されるなど,行政手続きが簡素化され国民の負担が軽減される,行政機関から様々なサービスのお知らせを受け取ったりできるようになる),③公平・公正な社会の実現(国民の所得状況が把握しやすくなり,税や社会保障の負担を不当に免れることや不正受給の防止,本当に困っている人へのきめ細やかな支援が可能になる)ということである。

 

3 つまり,市民一人一人に固有の番号(マイナンバー)を付けて,今まで,年金については基礎年金番号,税金については税務署の整理番号等,行政機関によって別々の番号にて管理されていたものを,マイナンバーにてひも付けを行うというものである。

過去にも,政府は,納税者番号制度等,こうした仕組みの導入を行おうと試みてきたが,国民総背番号制・プライバシー侵害等の強い批判を受けてきたことにより導入されなかった。ついに,今回,政府・行政機関の長年の野望・悲願が実現したといえる。

上記のとおり,政府は,マイナンバーの目的について耳障りのいい「お題目」を掲げているが,その最大の目的は,市民の所得状況の正確な把握であることは衆目が一致しているところである。

すなわち,導入当初のマイナンバーの対象は,社会保障,税金,災害対策の3分野として,現在も「マイナンバーは社会保障・税・災害対策分野の中で法律で定められた行政手続にしか使えません」と広報資料にて大々的に宣伝している。しかし,まだ実施前にも関わらず,既に適用拡大の法改正の動きが出ており,①預貯金口座へのマイナンバーの付番,②医療等分野における利用範囲の拡充等(健康保険組合等が行う特定健康診査情報の管理,予防接種履歴について情報連携),③地方公共団体の要望を踏まえた利用範囲の拡充については,今年5月21日に法案が衆議院で可決した(もっとも,日本年金機構による個人情報漏えい問題が発覚したことにより,参議院での審議は先送りにされ,今国会では成立しない見通しである)。

また,政府の研究会においては,戸籍,パスポート,自動車登録へのマイナンバーの利用が検討され,さらには民間利用も視野に入れた議論が行われている。まさに,「小さく生んで大きく育て」,市民生活のあらゆる分野に網をかけていこうとする意向は明らかである。

 

4 こうしたマイナンバー制度への最大の不安・懸念は,個人情報の漏洩である。そして,漏洩した個人情報によって「なりすまし」が行われることによる財産被害,プライバシー侵害の発生の危険も看過できない。現に,今年5月に日本年金機構による個人情報漏洩が発覚し大きな社会問題となった。原因は,職員が外部から届いたメールに添付されていたウイルス入りファイルを開いてしまった,内規に反してサーバーの保存ファイルにパスワードを設定していなかった等と言われており,行政機関の杜撰な情報管理の実態が明らかになった。

これに対し,政府は,制度面における保護措置として,特定個人情報保護委員会による監視・監督,罰則の強化,マイポータルによる情報提供等記録の確認を行うとし,また,システム面における保護措置として,個人情報を一元管理せずに分散管理を行い,個人番号を直接用いず,符号を用いた情報連携を実施する対策をとるので安全・安心は確保できるとしている。

しかし,マイナンバーの利用拡大は,既定方針であり,預金,健康情報その他諸々,今後突合せされる情報の範囲は,どんどん拡がっていくことが必至である。どれだけ罰則を厳しくしても,情報に価値があれば悪用しようとする者は必ず出てくる。懲役3年を5年に引き上げて罰則を厳しくしたとしても,それによって漏洩対策になるとは到底考えられない。

また,住民基本カードと異なり,個人番号カードの裏面には,マイナンバーが記載されている。そのため,個人番号カードを身分証明書代わりに利用した場合,他人にマイナンバーを見られることになる。また,給与支払先や証券会社等には,マイナンバーを報告する義務があるため,日常的にマイナンバーが他人に知られるリスクがある。

さらに,市民がマイポータルというWEB上のポータルサイトにアクセスをすると,自己情報表示(行政機関がどういった個人情報を有しているのか),情報提供等記録表示(行政機関などが行う情報のやりとりをチェックできる)が可能とするが,誰もがこうしたポータルサイトを利用できるIT能力を持っているわけではない。かえって,高齢者をはじめとしたIT弱者が他人になりすましをされる危険性が出てくると思われる。

 

5 そして,何よりも看過出来ないのが,マイナンバー制度に対応せざるを得ない事業者,特に中小零細企業の負担である。マイナンバーが含まれている情報は,「特定個人情報」とされ,従来の個人情報よりも厳格な取扱いを行うことを法令上規定されている。企業は,マイナンバー制度導入に当たり,基本方針・取扱い規程等の策定,組織的・人的・物理的・技術的安全管理措置を講ずべきとされているが,人的・経済的な面から,中小零細企業がこれらに対応を実際に行うことは困難であり,多大な負担を伴うものである。

このように,マイナンバー制度は,市民・中小企業にとっては,情報漏洩等の不安や危険,多大な人的・経済的な負担を強いられるだけで,メリットはほとんどないと言わざるを得ない。 私達は,こうしたマイナンバーの裏側に潜む危険な側面について,常に注意・監視していく必要があると思う。

以 上

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