15-06-25 : 法律コラム第13回「所沢市保育園育休退園問題について」(弁護士北永久)

1 下の子を出産して育休を取ったら,上の子が保育園を追い出される!?

 

平成27年3月初めころ,所沢市の保育園に子どもを通わせている保護者たちに衝撃が走りました。それは,各保育園の園長から,以下のような発言があったからです。

 

・平成27年4月1日以降の出産に伴い保護者が育児休業を取得した場合,保育園に通っている上の子が0~2歳であるときは,出産の翌々月末日をもって,保育園を退園してもらいます。

 

この発言が,なぜ,保護者たちにとって衝撃的な内容であったのか,お分かりがない読者もいるかも知れません。そこで,次項以下で,上記に至るまでの所沢市保育園の歴史を概観してみたいと思います。

 

2 これまでの所沢市の運用

 

旧児童福祉法24条1項本文は,「児童の保育に欠けるところがある場合において,保護者から申込みがあつたときは,それらの児童を保育所において保育しなければならない」と規定し,どのような場合に児童が「保育に欠ける」とされるかは,同施行令27条に従って定められた所沢市の条例(所沢市保育所における保育及び保育料に関する条例。以下「旧条例」といいます。)2条各号に規定されていました。

 

ところが,旧児童福祉法時代には,保育園に通う児童(上の子)の保護者が下の子を出産し,これに伴い育児休業を取得した場合に,上の子が「保育に欠ける」か否かを示す明確な規定は存在しませんでした。そこで,保護者が育児休業を取得した場合に上の子の保育を継続するか否かは,旧条例第2条第7号の「市長が認める前各号に類する状態にあること」に該当するか否かという抽象的な規定により判断されていたと考えられます。

 

そうしたところ,以上のとおり明確な規定が存在しなかったために,所沢市内の保育園においては,保護者が育児休業を取得すれば家庭での保育が可能となるという判断の下,上の子(0~2歳の場合)は,「保育に欠ける」とはいえなくなるとして,一律に,保育園から退園させるという運用が実際に生じる事態となっていました。

 

しかし,このような運用に対して,保護者からは,「下の子を妊娠してしまったばかりに,保育園を楽しみにしている上の子を退園させることになってしまい申し訳ない」,「これでは,育児休業なんて取れない」,「そもそも妊娠を控えよう(後らせよう)と思う」等の不安の声や批判が相次いだため,保護者や埼玉県所沢市保育問題協議会は,当該運用につき,所沢市に対し協議を申し入れ,議論を重ねました。

 

そのような中,平成12年2月9日,厚生省児童家庭局保育課長通知「保護者休職中の取扱い等保育所の入所要件等について」(児保第2号)が発出され,「保護者が育児休業することになった場合,休業開始前既に保育園へ入園していた児童の取扱いについては,従前から,児童福祉等の観点から,継続入所の取扱いとして差し支えないこととしてきたところであり,この点について変更はない」旨が示され,保護者が育児休業を取得したことにより上の子を一律に退園させるという運用に対し,警鐘が鳴らされました。

 

以上のような経緯を経て,所沢市保健福祉部長は,各私立・公立保育園長に宛てて,平成12年8月25日付「育児休業中の保育の取り扱いについて(通知)」を発出し,所沢市内の保育園においては,保護者が育児休業を取得した場合,保育園に通っている上の子が0~2歳であっても,「育児休業中における保育実施の継続申立書」を提出することにより,上の子を退園させることはない旨を通知し,この運用は平成12年9月1日から開始されることとなりました。

 

3 子ども・子育て新制度施行後の所沢市の運用(育休退園ルール)

 

その後,平成27年4月1日から,子ども・子育て支援法,改正児童福祉法が施行され,これまでは通達レベルの根拠しか存在しなかった,保護者が育児休業を取得した場合について,子ども・子育て支援法施行規則1条9号に,上の子の保育の必要性が認められる場合があることが規定されるに至りました。

 

これまでの経緯に鑑みれば,子ども・子育て支援法,改正児童福祉法の施行により,保育園に子どもを通わせている保護者にとっては,育児休業が取りやすくなるはずでした。

 

ところが,所沢市は,子ども・子育て支援法,改正児童福祉法の趣旨を完全に無視し,あろうことか,保育園に保護者を通わせている保護者に対して,育児休業を取得するなといわんばかりの,運用改悪を行ったのです。この運用改悪の概要は,以下のとおりです。

 

・保育園在園児の保護者が,平成27年4月1日以降の出産により育児 休業を取得する場合,当該在園児が0~2歳児であるときは,一律に,当該保護者の出産日の属する月の翌々月末日をもって当該在園児を保育園から退園させる。

・在園児につき保育の実施が継続されるのは,①「出生児の疾病(厚生労働省の小児慢性特定疾病の対象疾患)」,②「出産した母親の疾病,障害」,③「多児出産(双子以上)」又は④「混合保育により入園し,継続保育が必要な場合」という,ごく限られた事由に該当する場合のみの例外的な取扱いとする。

 

要するに,➀~④のような相当特殊な事情がない限り,下の子が生まれて育児休業を取得したら,上の子は,出産の翌々月末日に一律退園させるという驚くべき運用改悪(以下「育休退園ルール」といいます。)を行ったのです。

 

4 所沢市における育休退園ルールの展開

 

育休退園ルールにより,従前から問題とされていた,上の子の保育園退園という急激な環境変化によるストレス問題,育児休業権侵害問題,出産抑制問題が,所沢市在住の保護者,そして保育園の園長を含む関係者の中で,一気に再燃し,当事務所へご相談をいただきました。

 

問題の緊急性に鑑み,当職らは,所沢市こども未来部保育幼稚園課に対し,早急に面談の場を設けることを求め,当該面談において,上記運用改悪の法的問題点を指摘し,運用改悪の撤回を求めまたところ,所沢市は,上記運用の見直しを約束しました。

しかしながら,その後,所沢市の行った「見直し」は,うわべだけの,全く誠実さの欠片もないものでした。この「見直し」の内容は,以下のようなものです。

 

・(上記➀~④の例外事由に,)⑤「在園児の家庭における保育環境等の状況から,引き続き保育所等を利用することが必要な場合」を付加する。

・育児休業を取得した保護者が,自主的に上の子を退園させることに承諾をした場合,育児休業終了時に上の子が再入園を希望するときに,利用調整指数に100点を加点し,同時期に下の子が保育園入園を希望する場合には,下の子にも100点を加点する。

 

上記⑤の事由を付加することにより,上の子の一律退園は阻止されたかに見えますが,その文言が,あまりにも抽象的であるため,所沢市の改悪運用を何ら縛るものではありません。他方で,「自主的に」上の子を退園させた場合には,上の子にも下の子にも100点を加点するという極端な利益誘導を行い,その反面として,上の子を「自主的に」退園させなかった場合には,下の子が保育園に入園希望を出しても,(「自主退園」に応じた保護者の下の子と比較して)極端に不利になるという一種の制裁を示すことにより,結局のところ,育児休業を取得した保護者に対し,上の子の退園を「強制」するという,より陰湿な「見直し」を行ったのです。

 

以上のとおり,所沢市は,うわべは取り繕おうとしましたが,結局,現状においても,当初の育休退園ルールと本質的に異ならない運用を維持しているのです。

 

5 育休退園ルールが生まれた背景

 

これまで見てきたとおり,所沢市による育休退園ルールは,国の少子化対策,女性の社会進出支援政策に逆行するものであり,また,突然に保育園から追い出される子どもの思い,その保護者の思いを踏みにじるものです。

 

所沢市が,このような施策に陥った理由として待機児童対策が考えられます。しかし,育休退園ルールによる待機児童の解消は,ある子どもの保育の必要性を無理矢理に否定し,そこで生じた「空き」に待機児童を入園させることにより,待機児童の数を(観念的に)減らすというものに過ぎず,何らの対策にもなっていません。待機児童の解消は,保育園の増設によるのが筋であり,パズルによる解消など無益どころか,有害です。

 

もう一つ考えられる理由として,所沢市長の個人的な考えによるというものです。すなわち,所沢市長は,市政トークにおいて,育休退園ルールについて言及した際,「子どもはお母さんと一緒にいたい。特に小さいころはきっとそうだろう。」という旨の発言をしています。個人的な考え方で,保護者やその子どもに対し,数々の不利益を与えているとすれば,言語道断です。

 

6 まとめ

 

以上のとおり,所沢市の育休退園ルールは,法的にも政策的にも問題ばかりの運用です。そして,今後,懸念されるのは,この悪しきルールが,所沢市にとどまらず,全国の市町村に波及することです。このような事態は,断固,阻止しなければなりません。

 

今般,育休退園ルールに耐え兼ねた保護者たちが,自らの家族,そして,将来の子どもたち,保護者たちのために立ち上がり,平成27年6月25日,第一陣として,所沢市を相手取り,育休退園ルールに基づきなされる退園処分の差止め,仮の差止めを求め,さいたま地方裁判所に提訴しました。当事務所は,このような勇気ある保護者たち,子どもたちのため,この訴訟に全力で取り組んで参ります。

以 上

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