14-12-01 : 法律コラム第8回「社員を大切にする経営を考える」(弁護士 片岡 勇)

1 過労死や過労自殺について,労災認定がなされたとか,会社に多額の損害賠償の支払いを命じる判決が出されたといった報道を目にされたことがある方も多いと思う。私は,ちょっと前に弁護士会にて本を出版する関係で過去の裁判例の調査を行っていたが,その際に,ある居酒屋チェーンY社の新入社員が過労死をしたという判決文をみて,大きな衝撃を受けた。

これは,新入社員Aが平成19年4月にY社に入社し居酒屋にて調理関係の業務に従事をしたが,毎月88時間から141時間もの時間外労働を余儀なくされ,入社僅か4か月後の8月11日に急性左心機能不全にて死亡し,Aの両親が長時間労働が死亡の原因であるとして,Y社と取締役4名に対し損害賠償請求を行ったという事案であった。そして,注目すべき点は,Aが所属していた店舗では,勤務時間を定めるワークスケジュールが月80時間の時間外労働を組み込んで作成されており,また,Y社の給与体系は,基本給と役割給を合計した「最低支給額」が19万4500円の中に月80時間分の時間外賃金が含まれており,時間外労働が80時間に満たないときは勤怠控除して「最低支給額」から差し引かれることになっていた。つまり,Y社は,毎月80時間以上の残業を行うことを前提にして,賃金制度を定めシフトの運用を行っていたのである。

裁判所は,「使用者は,その雇用する労働者に従事する業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして,この義務に反した場合は,債務不履行を構成するとともに不法行為を構成する。被告会社は,労働者であるAを雇用し,自らの管理下におき,店での業務に従事させていたのであるから,Aの生命・健康を損なうことがないよう配慮すべき義務を負っていたといえる。具体的には,Gの労働時間を把握し,長時間労働とならないような体制をとり,一時,やむをえず長時間労働となる期間があったとしても,それが恒常的にならないよう調整するなどし,労働時間,休憩時間及び休日等が,適正になるよう注意するべき義務があった」と一般論を述べたうえで,Y社は長時間労働が常態化していたにも関わらず何ら対策をとらず,Aの生命・健康を損なわないように配慮する義務を怠ったとして,また,役員の責任も認め,約8000万円の損害賠償の支払いを認める判決を示した(京都地判平成22年5月25日,大阪高判平成23年5月25日)。

 

2 現在,脳・心臓疾患の労災認定において,発症前1か月間におおむね100時間,又は2~6か月間にわたりおおむね80時間を超える場合は,業務と発症との関連性が強いと評価されている。Y社は,そのことを当然に知っていながらも(労務管理にかかわる者にとっては常識の範囲である),上述のとおり,毎月80時間を超える残業を行うことを前提にして勤務体制や賃金制度を定めるなど,長・長時間労働を行うことを当たり前として会社の運営を行ってきたものであり,社員の健康への配慮,ワークライフバランスといった視点が完全に欠如していたと言わざるをえない。そして,このような体制を継続し是認してきた役員らが個人としても損害賠償責任を認められたことも,当然であるといえよう。

 

3 平成26年11月11日に「過労死等防止対策基本法」が施行された。この法律は,過労死や過労自殺を無くすために,防止対策を効果的に推進する責務が国にあることを明記し,過労死等の防止対策の大綱を定めること,地方公共団体や事業主に過労死等の防止対策への協力を求め,過労死等防止啓発月間を設けること等が規定されている。

事業主自身に積極的に過労死等を防止するための安全配慮措置をとる義務までは明記されない等,内容が十分とはいえないとしても,ますは,「過労死」という言葉が冠した書かれた法律が制定・施行されたことは大いに評価すべきものと思う。

 

4 企業の業種や業態によっては,労働基準法等の法律の規定を完全に遵守することが難しいという面があることは,現実にあるだろう。しかし,Y社のように社員の健康すらもないがしろにする経営を行っていけば,早晩,会社の存続すらも行き詰ってくることも明らかである。

当事務所においては,弁護士全員が東京中小企業家同友会という団体に加入し,「よい会社・よい経営者・よい経営環境つくり」をめざして活動を行っている。今月から,同会豊島支部において,「人を大切にする経営を考える」をメインテーマとして連続講演会を開催し,私が,第2講「社員を大切にする会社とは~会社の発展に就業規則を活かす」,第3講「社員が働きがい・いきがいを持てる経営とは~社員がよろこび組織が輝く職場のルール」,第4講「メンタル不調に陥った社員をどう支えるか~社員と家族を大切にする職場環境をつくろう」のコーディネーター役を行う予定になっている。今回の連続講演は,単にハウツーやノウハウを提供しようとするものではなく,社員と家族を幸せにするために,会社はどのような実践を行っていくべきかについて,専門家と参加者が共に本音で語り合える場にしたいと考えているので,興味がおありの方は是非ご参加頂けると幸いである(詳細は,当事務所ウェーブページ・新着情報欄をご参照下さい)

以 上

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