17-02-28 : となりの弁護士「アメリカ大統領令の執行停止」(弁護士 原 和良)

1 大統領令とは

第45代アメリカ合衆国大統領に就任したトランプ氏が出した、イスラム7か国からのアメリカへの入国を制限する大統領令が、ワシントン連邦裁判所、連邦控訴裁判所で違憲無効とされ、効力の一時差し止めが認められ、話題になっている。

独断で強力な効力を有する大統領令は、我が国に同様の制度がないため、大統領令にも連邦裁判所の差し止め判決にも、多くの日本人には理解がしにくい。

実は、大統領令には、アメリカ合衆国憲法を見ても明確な根拠条文がない。憲法第2条には、「執行権は、アメリカ合衆国大統領に付与される。」という規定があるのみだ。強いて言えば、この執行権の解釈として、その実効性を確保するため、大統領に大統領令を付与したということになるのだろう。大統領令は、議会の制定する法律と同等の効力を持つ。すなわち、立法措置をとらずして法律を制定する権限がアメリカ大統領には付与されているということになる。

こんな強力な権限は、過去にも執行されてきたのかを調べてみたら、歴代の大統領も在任期間 中に何百件もの大統領令を発令しているようだ。

第1号の大統領令は、1863年1月に出されたリンカーン大統領の「奴隷解放宣言」だそうだ。奴隷解放宣言は、法律と同じ効力をもつが、これが後世の法律によりひっくり返されないようにと、1865年1月の連邦議会で憲法修正を経て、修正第13条として憲法上の権利に格上げされたという経過をたどっている。

2 立憲主義と三権分立

では、大統領令は完全無敵なのか?そうではない。大統領令を無効化するには、2つの手段がある。一つは、連邦議会で、大統領令を否定する内容を持つ法律を成立させることにより効力をなくすことができる。しかし、立法化には時間がかかる。もう一つは、今回のように司法が、大統領令の違憲性を判断しその効力を否定するという方法だ。ワシントン連邦裁判所は、人権侵害の重大性と緊急性に鑑みて、大統領令の執行の一時差し止めを認めたのである。

行政と立法と司法がそれぞれ独立して権力を持ち、互いにけん制しあうという三権分立の制度、それぞれの権力は憲法の則を超えてはならない(憲法は権力を縛るためにあるもの)という立憲主義の意味を今回の事件は示してくれたといえよう。

なお、我が国において、違憲の閣議決定や違憲の法律に対して裁判所が弱腰なのは日本にはドイツのような憲法裁判所がないからだ、だから憲法改正が必要という議論があるが、日本国憲法は、アメリカと同じく付随的違憲審査制といって、具体的事件の救済過程の中で普通裁判所が必要な時に憲法判断を行うという制度をとっている。

日本の司法の問題点は、憲法裁判所の有無ではなく、司法の独立性の脆弱性そのものにある。

3 法の支配と法治主義

安倍首相の演説には、よく「法の支配」という言葉が出てくる。法の支配とは、どんな強力な権力者も憲法や近代民主主義の原理には背いてはならないという権力者を縛る考え方で立憲主義と同じ起源をもつ言葉である。これと似た言葉に、「法治主義」という言葉があるが、これは人による(恣意的な)支配ではなく、民主主義のルールにしたがって制定された法律に基づいて統治をすることを意味する。法治主義の下では、「悪法も法なり」であり、法の支配の下では「悪法は法ではない」ということになる。

今回の大統領令は法治主義には合致するが、法の支配には反している、というのが今回の連邦裁判所の判断である。

以 上

(弁護士原 和良「となりの弁護士」「オフィス・サポートNEWS」 2017年2月号掲載)

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