16-04-01 : 法律コラム第20回「覚せい剤営利目的輸入の故意について」(弁護士 磯部 たな)

覚せい剤営利目的輸入の故意について

~弁護人としての取り組み方~

1 営利目的による覚せい剤の輸入

裁判員裁判の対象事件の一つである営利目的による覚せい剤密輸入事件は,故意(覚せい剤の認識のこと。また,知情性と同義)の有無について争われることが多い。また,覚せい剤の事件は,国際的な組織がからんで生じることも多々あり,それに伴い外国人が異国の地である日本で勾留されることも多く,弁護する過程では,さまざまな配慮が要求される。

2 平成25年10月21日最高裁判決(以下「最高裁判決」という。※注1)

ところでこれに関連して,平成25年10月21日には,注目に値する判決が最高裁から出ている。すなわち,外国籍の被告人が,日本に持ち込んだスーツケースの中から覚せい剤が見つかり,被告人の覚せい剤が入っていたことについての認識の有無が問題となった事案であるが,第1審では,被告人の知情性(故意)については,なお疑いの余地が残るとして被告人に無罪を言い渡した。

これに対して検察官が控訴したところ,原判決(高裁判決)では,事実誤認を理由に第1審判決を破棄し,公訴事実どおりの事実を認定し,被告人を懲役10年及び罰金500万円に処し,覚せい剤を没収した。

そして,最高裁判所は,「原判決は,第1審判決の事実認定が経験則等に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえ,刑訴法382条の解釈適用の誤りはないし,事実誤認もない。」と判断した(※注1)。

この判決は,「何らかの荷物の運搬委託があったことまでは経験則によって認定し,その先の故意の推認は,具体的事案に即した判断をしている」と考えられている(※注2)。

3 故意が否定される特別の事情について

覚せい剤密輸入事件のほとんどは,組織的な犯行であるという。そして,組織は,覚せい剤の運び役には,主犯が捕まえられないように,主犯等と関係のない第三者を使うことが多い。しかしながら,主犯としても,薬物を確実に目的地に送り届けさせるため,運び役に対し,運ぶものが薬物であることをあかし,高額の報酬を約束するということがある。

他方で,運ぶものに薬物であることを知らせずに,報酬約束等をして密輸入させる方法もある。「謝礼をするのでこれを友人に渡して欲しい。」等と言って渡す場合である。 この場合,通常,その委託は,高額な謝礼が伝えられたり,薬物を氏名不詳者に渡したりするなど,不自然な点が多い。

ところが,上記の場合と異なり,「①依頼のプロセスや方法が極めて巧妙な場合,②親しい人間関係を悪用するような場合,③運び屋が知的障害を有している場合」等は,故意の推認は簡単にはできない(※注2)。

したがって,弁護人としては,こうした事情を的確に把握して主張立証をしていかなければならない。

4 最新の判例

昨年末から今年にかけて,覚せい剤営利目的輸入で起訴をされた被告人の覚せい剤についての認識を肯定し,地裁が有罪であると認定した判決を覆す高裁判決が出ている。平成27年12月22日に東京高裁で出た判決では,「原判決が,被告人が●●の依頼を真正なものと信じていた合理的な疑いがあるとはいえないとした上,遅くとも本件コーヒー豆袋を受領した時点では,その中に違法薬物が入っている可能性を認識していたものと推認でき,本件犯行に対する故意を認めることができると認定したことについては,上記のとおり,その証拠の評価,推認過程に種々の論理則,経験則等に適わない不合理な点があり,是認することができない。」と判断されている(※注3)。

5 まとめ

このように,覚せい剤営利目的輸入の故意が争われるような事案を担当する弁護人としては,その事案にさまざまな観点から光を当て,被疑者・被告人が故意を有していなかったと推認できる場合には,それを立証すべく,証拠収集および経験則の積み上げを行い,説得的なストーリーを構築しなければならないといえる。

※注1 最高裁判所第1小法廷平成25年10月21日判決(最高裁判所刑事判例集67巻7号755頁)

※注2 「覚せい剤密輸入(携行型)事件における故意に関する捜査とその立証」高嶋智光著

※注3 東京高裁平成27年12月22日判決

以 上

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