17-04-02 : 法律コラム第23回「全国の給費制訴訟の状況」 (弁護士 原和良)

原和良(東京支部)

第1 給費制違憲訴訟

1 裁判所法の「改正」により、2011年の司法修習生新65期から、司法修習生の給費制が廃止された。給費制の廃止と同時に、貸与の制度が新設されたためこれを給費制から貸与制への移行ととらえる言い方もされるが、それは実態を正確に把握していない。給費制の廃止は、無給制に移行したのであり、貸与制はおよそ給費制に代替できる制度ではない。修習終了後に返還義務を生じる借金であることを改めて強調したい。

2 2016年10月に、政府は、司法修習生の経済的援助の復活を閣議決定し、今年の司法修習予定者(71期)から、不十分ではあるが給費制が復活する予定である。仮に、71期からの経済的援助がなされるとしても、現在審議されている裁判所法改正案は、谷間の時期の6年間(新65期から70期)の無給時代の救済には全く触れていない。
  同じ国家試験に合格し、同じ司法修習を受け、同じ資格で法曹として仕事をするにもかかわらず、過去の立法の誤りを放置することは、平等原則に反する。

3 給費制違憲訴訟は、2013年の8月、東京地裁、名古屋地裁、広島地裁、福岡地裁の4か所で、新65期の元司法修習生が、原告となり一斉に提訴した訴訟であり、これら新65期訴訟は、それぞれの裁判所で証拠調べ手続きが終わり(または近々終了し)、結審・判決の時期を今年迎える。
  また、その後、66期の元修習生らが、東京、熊本で提訴を行い、67期の元修習生らが大分で提訴するに至っている。
  ここでは、私が中心的に関与する東京訴訟を中心にしながら全国の給費制訴訟の状況について、報告をする。

第2 給費制違憲訴訟の争点(違憲性)

 1 給費制違憲訴訟の最大の争点は、給費制が憲法上の権利といえるのか、憲法何条に違反しているのか、という点であることは言うまでもない。提訴の準備の中でも、この点が最大の争点となり、様々な議論がなされてきた。各地の弁護団、原告団の中で、それぞれ強調点があり、違憲主張の仕方に微妙な強弱があるのがこの訴訟の特徴である。

 2 給費を受ける権利
   その中で、共通して掲げている主張は、司法修習生の給費を受ける権利は、司法権の確立という国の憲法上の義務に基づく統一司法修習と、修習専念義務下における権利制約への代価・補償として、憲法13条、22条1項、25条、27条に由来する複合的な性質を有する権利であるという主張である。

 3 臨床教育過程と修習専念義務
   この点、国は、司法修習とは労務を提供しない一種の臨床教育過程であり、修習生が自らそれを甘受した上で志願したものであり、従来支給されてきた司法修習生への給費は、国が司法修習生に対し、その修習の便宜のために恩恵的に給付してきたものであって、給費を支給するか否かは、広範な立法裁量にゆだねられており、憲法上の権利ではない、と反論する。

   しかし、司法修習に教育的要素があったとしても、それは、労務性・使用従属性を否定する根拠とはならない。
   
   司法修習生は、単なる学生と違い、司法修習専念義務を負い、アルバイトの原則禁止、居住の自由、服務規律などの点において広範囲な義務を負う存在である。このような広範な義務を1年間という長期にわたって課しておきながら、その対価・補償がないというのは、明らかに憲法上の人権の過度の制約と言えるであろう。
   
 4 憲法27条違反
   この点を、労働法学者の立場から明快に分析したのが、九州大学の野田進教授である。野田教授は、使用従属性の観点から、修習専念義務による拘束され指揮命令を受ける司法修習生について、労働者性を肯定し、憲法27条2項により労働条件の法廷が必要とする。そして、給費支給を定めた旧裁判所法67条2項は、まさに法律で定められた労働者(勤労者)の勤務条件の定めであり、これを廃止し、貸与制としたことは、憲法27条第2項に違反するという。
   野田教授は、意見書を提出された上、福岡地裁、東京地裁の証拠調べにおいて証言をしていただいた。
   
 5 憲法14条違反
   全国の弁護団では、その他さまざまな憲法上の人権カタログに沿った違憲主張を展開しているが、ほぼ同一の修習を同一の時期に受けながら、給費の支給を受けた現行65期司法修習生(旧司法試験合格者)と無給となった新65期の間の差別は、合理的区別の範囲を超え、憲法14条の平等原則に違反している。
   今、71期司法修習生から給費制が実質的に復活しようとしている中で、谷間の新65期~70期がおざなりにされることについて、その不平等を指摘する声は大きく、この点でも裁判所の判断には注目したい。
   

第3 原告本人尋問で語られた無給制下での修習実態

 1 その訴訟は、明らかになったのは、無給制下での司法修習生が、高い志をもちながら法曹の道を志したにも関わらず、経済的な困窮に苦しみ、結果的に本来あるべき充実した修習を犠牲にせざるを得なかったという生々しい実態である。
 
 2 不幸にして、大学浪人や司法試験に1回目で合格しなかったため、結果的に修習が遅れ、無給制になってしまったという修習生がたくさんいる。猫の目のようにころころと変わる司法改革・法曹養成制度の犠牲であり、これを自己責任という言葉で片づけてよいわけはない。
 

第4 終わりに

   現状は、このような司法改革のつけを誰も責任をとろうとしないため、法学部志願者、ロースクール志願者、法曹志願者が激減していることは公地の事実であり、それが、司法の衰退、国民の権利の弱体化につながることは明らかである。
   国民のための司法はどうあるべきか、という観点から、司法修習生の給費問題を今改めて捉えなおすべきである。
   

(自由法曹団5月集会報告集原稿)

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