13-02-28 : となりの弁護士「日本人の法意識~何故権利主張に抑制的なのか」(弁護士原 和良)

1 この2月、立命館大ロースクール主催の「英語で学ぶ日本法セミナー」に参加した。世界に通用する地球人養成を理念として掲げる同大学の新しい企画として、刑事訴訟法の指宿信教授(現成城大)が8年前に始めた企画だ。今回は、指宿教授のご紹介で約1週間のセミナーに参加させてもらった。豪・日を始め8カ国から様々なバックグランドを持つ人々が集まり日本の法律と法文化を学ぶ同企画は、日本法を当然のものとして日々扱う私にとって外から日本法を考える貴重な機会であった。
2 中でも最も印象的だったのは、谷口安平先生(京都大学名誉教授、弁護士法人松尾総合法律事務所客員弁護士)の日本人の法意識に関する歴史的考察の講義であった。
日本の訴訟件数は欧米各国に比較して格段に少ない。何故、日本人は、自己の権利主張に対してかくも抑制的な国民なのか。
谷口先生の分析は、明治維新以降の近代化政策にも関わらず日本人の法意識を規定しているのは250年以上もの長きに渡って続いた徳川文化に起因するという。
3 江戸時代をどう評価するか議論のあるところであるが、鎖国政策のもとで変化を極力排除する社会経済政策がとられた安定期が継続した時代である。徳川幕府の政策は、現状の維持である。庶民は、親子三代の家を基準に五人組制度により末端まで国家に組織され連座制が敷かれる相互監視の社会であった。紛争は、訴訟で白黒をつけるのではなく、村の長老が伝統的慣習に基づいて仲裁を行う。海外から新しい思想や文化が入ってくると、これまでとは違う考え方に触発される人が出てきて現状に疑問を持つ人々が醸成されるから、鎖国によって新しい風はブロックする。士農工商の並びに代表されるように、商業は最も卑しい活動とみなされ、宵越しのお金は持たないという江戸っ子気質は、経済活動とお金を請求することを「はしたない」と考える法意識・法文化を生み出した。武士の子は武士であり、その孫は武士でなければならない。間違っても、ビジネスに目覚めて金儲けを考え始めると世の秩序は乱れるのである。
このような時代に醸成された日本人のDNAは、未だ日本の風土と日本人の心に根付いている。明治時代にはドイツ・フランスの法制度、戦後はアメリカの法制度が導入され、伝統的法意識と輸入した制度が未だに共存しているのが日本の今である。
3 司法制度改革の中で、弁護士の数が激増し、これから法律家がどのような役割を社会の中で果たしていくべきか試行錯誤が続く中で、谷口先生の問題提起は誠に示唆に富むものであった。

以 上
(弁護士原 和良「となりの弁護士」「オフィス・サポートNEWS」 2013年2月号掲載)

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