14-09-01 : 法律コラム第5回「「事故」の先にあるべきもの」(弁護士 青野 博晃)

1 皆さんは,「事故」と聞いて何を思い浮かべますか。すぐに思いつくのは皆さんにも身近な交通事故であろうと思いますし,製造物の製品事故,医療事故,近年の大きなニュースとしては東日本大震災によって生じた福島原発の事故などもあるかと思います。また,通信教育・出版を行う大手企業において大規模な個人情報漏洩事故が起こったことや広島の土砂災害に人為的な原因があったのではないかと問題提起されていることも記憶に新しいのではないでしょうか。

職業柄,私も事故と関係することが多いのですが,様々な種類の「事故」と接するたびに,法律家としての「事故」との関わり方を考えさせられます。

2 ひとたび事故が生じ,それが凄惨な痛ましいものであればあるほど,社会の中で最初に行われるのは犯人探しであり,責任者の特定と社会的な引責がなされるとともに,当該事故の悪性や被害実態(苦しみや悲しみ)が中心としてメディア等で伝えられていきます。そして,そのような注目が一段落したあたりで,被害者が事故に責任を有すると思われる主体に対して損害賠償を含めた責任追及を行うとともに,必要であれば警察等が介入して国家が刑事責任を問うことがあります。

私たち弁護士は,事故被害に遭われた方から依頼を受ければ真摯に話を聞き,寄り添いながら訴訟等の法的手続きの中で被害救済を目指します。また,ときには加害者とされる人や企業の側で,適切な責任を確定し,賠償を行うために活動することがあります。

そのような事故対応を通して,加害者の責任を追及し,責任が特定された上で真摯な謝罪とともに被害者が賠償を得ることは極めて重要ですし,一弁護士としては依頼者のために全力で弁護活動を行うことは至上命題です。

しかし他方で,当該被害者が救済されることのみで良いのか,という問題を事故対応において意識することが多くあります。

3 文明が発達して高度な技術が用いられると,事故によって重大な被害や多大な犠牲が生じるため,日常的な安全対策は必要不可欠です。しかし,どんなに安全対策が取られていたとしても,万が一の事故が生じる可能性をなくすことはできません。事故によって生じた被害への真摯かつ誠実な対応を行うことは重要ですが,それのみでは類似の事故を防止することができません。事故の原因を究明し,分析をして,再発防止策を立てて日常の安全対策に活かす必要があります。

そのような中で重要な役割を果たすのは事故調査です。事故調査は,事故の原因究明を目的として行われ,判明して原因を分析することで再発防止策を立て,安全性を向上させるための提言等を行います。事故調査では,第三者的立場から,特に所管官庁の担当者や技術者,学者,医療者,法律家などの専門家からなる事故調査委員会が設置されます。事故調査委員会は,事故に関係する当事者の責任追及を目的とはしません。責任追及を目的とすれば真実を語れなくなるおそれがあり,事故調査の公平性や中立性を担保できません。その目的はあくまで原因究明と再発防止策の策定,そして,それらの成果を社会に発信して日常の安全対策に活かすことです。

これまで,製品事故についての事故調査や航空機事故・原発事故などの大規模な事故において,事故調査がなされてきました。近年生じた原発事故でも事故調査委員会が設置されていますし,上記述べた大規模な情報流出事故でも事故調査委員会が設置されています。また,今般の医療法の改正において,医療事故においても第三者機関が関与した事故調査制度が創設されることになりました。

このような事故調査の過程を通して,構造的問題や人的問題(ヒューマンエラー),いわゆるヒヤリハットが過去に存在したか等を検討し,安全対策を再検討していくことで,類似の事故の発生を未然に防ぐことができますし,法律や制度の改革に繋がることもあります。第二の被害者を生まないためには,しかるべき事故調査を行っていくのが何より大事なこととなります。

4 私自身,交通事故や医療事故などの事故対応を幾度も取り扱ってきました。また,重大な健康被害に関わる製品事故などについては,弁護団において積極的に関わっています。

このような事故にかかわり,特に不幸にも生命を失った事故のご遺族や重大な健康被害に遭った被害者の方と接するたびに,目の前にいる被害に遭われた方の力になることに全力を尽くしつつ,「事故」の先にあるべきものとして,同じ悲しみを生まないために法律家として何ができるのかを考えながら日々の仕事に取り組んでいきたいと思っています。

以 上

(文責 弁護士 青野博晃)

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