18-09-10 : となりの弁護士「見て見ぬふり」(弁護士 原 和良)

1 フジサンケイ危機管理研究室というウェッブサイトを開くと、毎月の企業の不祥事がデータとして掲載されている(http://www.fcg-r.co.jp/research/incident/)。
企業だけではなく、官公庁やスポーツ業界の不祥事も掲載されていて、なかなかためになるサイトである。
企業組織の不祥事が増えているのか、昔からあるのに露出される機会が増えたのか、統計的にはわかならない。

 

2 私も、仕事として企業のコンプライアンスに係る仕事にこの間立て続けに関わることになった。その一つが、ヤマトホームコンビニエンス(株)の引っ越し費用の水増し請求事件である。私の事務所では、内外の情報提供と被害企業の相談窓口を設けて対応することになっている(http://p-law.jp/news/989/)。
度重なる企業不祥事に共通するのは、最初は小さな不正がそのうち繰り返されるうちに、法令を遵守しなければならないという意識が希薄になり、組織全体の感覚が鈍磨してしまい、発覚した時にはとんでもない事態になってしまっているという構造である。
その過程の中では、勇気をもって正しいことを指摘する人が、異端児扱いされ同調圧力の中で孤立し排除されていくという経過をどれも辿っている。
もちろんトップやリーダーたちの責任は重い。しかし、このような不祥事はトップやリーダーたちの思いだけでは実現できないのである。正しいことを言えば冷や飯を食わされる、正義よりも自分と家族の生活が大事、という弱い立場の一般の従業員たちが不正を容認する土壌を準備していく。

 

3 何度、経営陣が記者会見場で頭を垂れる姿を見たことだろう。一人一人が、不正を受け入れる精神を持つと、不正や不正義は燎原の火の如く広まってしまう。
森友学園問題、加計学園問題、財務省の文書改ざん問題を見ていると、言っても変わらない、正しいことを言った方が損をしてしまう、という気持ちになりがちである。
しかし、そのみんなで見過ごすという「黙認」の精神構造こそが、戦後日本社会が敗戦の教訓として学ばなければならなかったことであり、今、危険な方向に日本が向かっている土壌を作っているような気がしてならない。

以上

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