10-03-31 : となりの弁護士「ある破産事件の風景」(弁護士原 和良)

1 弁護士によって好き嫌い、得意不得意が分かれるのが破産・倒産事件である。破産事件は法律問題の宝庫と言われる。特に企業の倒産は、矛盾が一気に噴き出す形で表れるため、金融機関、取引先、売掛先、従業員、家族、親族などあらゆる法律問題を瞬時に最良の法的判断を選択しながら、倒産の崖っぷちに追い込まれた債務者を励まし、守る必要がある。だから、しんどいし、ストレスもたまる。私は、結局破産、倒産事件が好きなのである 。
2 その理由は、破産・倒産という逆境の最たるものが、人生の終わりではなく、新たな出発点であるからである。追い込まれた債務者が人生を自暴自棄になってあきらめるのではなく、「恥を忍んで」法律事務所の門をたたき立ち直ろうとする意欲に応えたいと思うからであり、再起をする人間の姿を見て励まされ感動することが好きだからである。
3 今日もある破産した不動産業者の債権者集会に申立代理人として参加した。数億円の借金を抱えて倒産したA氏は、経営破たん後重度のうつ病になった。A氏ご夫婦には、高校2年生の息子がいた。A氏は、自殺を決意し、息子にお母さんのことはよろしく頼む、決してお父さんの後追いはするな、と言い残して自殺しようとした。しかし、自殺の意思を告げられた息子は、翌日から形相が変わってしまった。その苦悩の表情を見て、これではいかんとA氏は自殺を思いとどまった。友人の助けもあって、数か月国内の温泉地を旅し、債権者からの追及を逃れ、我を取り戻し、生きる意欲を回復していった
4 債権者集会の今日。息子の大学入試の発表の日であった。息子にとって、稼業の破綻、父親の自殺宣言は人生にとって体験したことのない苦難であったに違いない。しかし、この体験は、息子にとって無駄ではない。人生とはそういうものであり、苦難は自分自身が乗り越えるしかないことを知る、神様が与えた貴重な体験だったということを、十年後、二十年後に必ずわかるときがくるだろう。
父親であるA氏ができること、それは息子の苦難を肩代わりすることではない。自分自身が自分の人生を一生懸命生きることである。どんなに今つらくとも前を向いて生きるのが人生だということを親父の背中で見せることである。両親が苦難に耐えそれを乗り越え、必死で生きようとしていることを目の前で見せてあげること、これこそ何ものにも代えられない、親として子どもにしてあげられる最高の教育ではないだろうか。それは、お金には代えられない、お金では与えられない最高の教育である。
5 息子さんは、晴れて合格できたのであろうか。でも合格しようと浪人しようとそんなことはどちらでもよい。人生は、逆境を乗り越えて自分自身が成長する場であることを心得ていれば、何も怖いものはないのである。
こんな貴重な体験をさせてもらい、私は依頼者に感謝の気持ちでいつもいっぱいである。A氏と奥様にすばらしい人生が準備されていることを願わずにいられない。

以 上

(弁護士原 和良「となりの弁護士」「オフィス・サポートNEWS」 2010年3月号掲載)

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