今年、8月にニューヨークに行ったときに、現地に留学中の友人弁護士らとナイロビでのエイズボランティア治療活動に取り組む稲田頼太郎博士(医師)と会食し、研究室を訪問して話を伺った。コロンビア大学付属セントルークス病院で日本人研究者として働く稲田博士は、免疫学研究が専門の先生である。80年代にセントルークス病院でHIV患者の治療に取り組まれたが、当時は治療に有効な薬剤が開発されておらず、彼の患者は全員この世を去ってしまう。助けられなかったのに、「Thank You very much」と握手を求めながら息を引き取っていく患者を看取るのはいたたまれなかったという。
その後、1996年、治療薬開発は劇的に進み、今やHIV感染は、慢性疾患の一種といえる状況になり、適切な治療で長寿を全うできるまでに医学は進歩した。
稲田博士は、命を救えなかった患者たちのことを忘れることができない。稲田氏は、貧困ゆえに治療を受けられないアフリカの現状に心を痛め、2000年から、HIV・エイズのボランティア診療を始めた。現在まで毎年米国、日本の医師や医療従事者たちも賛同してケニアのナイロビでのボランティア活動を進めている。
金融危機の中で、真っ先に切り捨てられるのが発展途上国に対する各国政府の支援、グローバル企業の支援である。難しい話の前に、目の前の不平等と貧困を医師としてほっとけないという稲田先生の純真な思いに共感して、母国日本に支援の拠点がないために、私は、日本での支援活動に協力する約束をして帰国した。
経済不況の影響もあり、企業も個人も、自分の身と生活を守ることに汲々としがちであるが、他人の幸せなくして自分の幸福はありえない。他人を顧みず、自分の狭い利益だけを追及することは、不幸のスパイラルに陥ってしまう。稲田氏の活動はそのことを私たちに教えてくれる。
以 上
(弁護士原 和良「となりの弁護士」2008.11掲載)