21-05-31 : となりの弁護士「発展途上国日本」(弁護士 原 和良)

1 鎖国から開国~欧米に学び追い付け
 江戸幕府の鎖国政策の中で、浦賀にアメリカのペリーが来航したのは、1853年、今から168年前のことである。翌54年、日本は日米親和条約をアメリカと締結し、1639年から215年にわたって続いてきた鎖国に終止符を打つ。

 圧倒的な国力・技術力に劣る日本は、一方的に不利益な不平等条約に甘んじる他なかった。1967年に、幕府から大政奉還を受け樹立された明治政府は、中央集権政府の樹立を推進し、富国強兵政策に寄り欧米列強に一刻も早く追いつき、不平等条約の是正を目指した。

 その後日本は、1894年日清戦争、1904年日露戦争の勝利を経て、日本はアジアにおける有力国としての地位を確保するに至る。戦争による領土拡大の野心は、その後も継続し、八紘一宇の下、欧米列強からアジアを開放するという美名のもとに侵略を拡大し、不幸な大東亜戦争、第二次世界大戦に突入し、多くの犠牲を国内外に与える結果となる。

 

2 敗戦と戦後復興
 日本の無謀な侵略戦争は、連合国軍に対する完全な敗戦に終わり、我が国は1945年8月、ポツダム宣言を受諾し、連合国の統治の下に置かれた。東西対立という国際情勢の下で、事実上アメリカの占領下に置かれ、財閥解体、農地解放政策が強行され、日本国憲法の下で日本は軍備を持たない国として平和民主主義国家としての再出発を選択することになるが、他方で中国での共産主義政権樹立という複雑な国際情勢の下で、自衛隊による再軍備化が進められ、日本は日米安保条約によりアメリカの核の傘の下で平和憲法と安保条約のはざまで複雑な歴史を歩むことになる。
 
 そうした中でも、日本は、軍事よりも経済を重視し、国力の強化を図っていく。日本国憲法の戦争放棄をうまく活用して高度経済成長を遂げ、平和的な手段での国民経済の復興を成し遂げていく。もちろん、公害問題や労働問題など様々な社会問題も内包して言いたのは事実だ。
 
 1980年後半には、日本の経済はジャパンアズナンバーワンと言われる絶頂期を迎え、「わが世の春」=バブル景気を謳歌したが、それは長くは続かなかった。1992年にはバブル経済は崩壊し、失われた20年と言われる長期停滞期に突入し今日に至る。

 

3 われわれの生きるこれからの時代
 戦後を生きて生きた我々の世代は、日本は先進国だ、日本人は優れた民族だという奢りとグループシンク(集団浅慮)に陥っていないか。コロナ禍の現在、日本は発展途上国であるという自己認識が必要である。その客観的状況を理解してわが国はどうするのか、わが社と自分はどうするのか、自分の頭で考えて行動した結果の集積が、未来を決するのではないかと思う。
 

以上

 

Menu