24-01-30 : となりの弁護士「台湾有事・自然災害と原発の共存」(弁護士 原 和良)

1 お正月ムードに包まれた今年1月1日午後、能登半島は、巨大地震と津波に襲われ数百人の死者、家屋の倒壊、水道・電気・道路等のインフラの破壊を含む甚大な被害に見舞われた。その被害の全容は、今でもつかみ切れていない。
  隣国では、1月13日台湾総統選挙が行われ、中国との独自性や日米との協力を基本方針に掲げる与党民進党の頼清徳氏が当選し、中国との緊張関係を背景に、日本の「有事」に対する我が国の対応が改めて注目される。

 

2 能登半島地震については、被害者の救済と地域の復興が何よりも優先されるべき課題であることは間違いがない。そして、改めて日本は、活断層が活性化の時期に確実に入った危険な島国であり、次の巨大地震がどこで起きてもおかしくないことが、多くの専門家から指摘されている。

 

3 地球温暖化に伴う異常気象による災害に加えて日本には地震という他国にはない特別のリスクを抱えている。今回の地震で、あの東日本大震災とその後に発生した福島第一原発事故を想起された人も少なくないであろう。
  実際、志賀町にある志賀原発(運転停止中で再稼働準備中)では、大事故は起きなかったものの電源停止・多量の油漏れなどの冷や汗ものの事故が発生しており、北陸電力は事故の公表内容を何度も訂正している。新潟には、世界最大規模の柏崎・刈羽原発が再稼働の準備を進めている。
  実は、今回の地震の震源地である珠洲市には、かつて市内2か所に原発を誘致する計画があった。誘致反対運動が大きく盛り上がる中で、電力会社は反対派の切り崩しを推進派と一緒に進めていった。1993年の市長選挙では推進派の市長が僅差で当選したが、選挙無効確認裁判が提訴され、裁判所は組織的な住民票異動、不正不在者投票、開票の不正、などを認定し、選挙は無効とされた(最高二小判平成8年5月31日判決)。
  その後も誘致運動は進められたが、ついに住民たちは2003年、原発誘致断念の大勝利を勝ち取った。

 

4 原発は事故を起こさないという安全神話は、今や通用しない。高濃度の放射能汚染が発生した場合、それを除染する技術は開発されていない。福島の浪江町津島地区のほか複数の周辺自治体では、事故から13年を迎えようとする現在も、高濃度汚染のため帰還困難区域とされ、帰郷もできない状態が続いている。
  福島の事故後、政府は事故時の避難計画の策定を進めているが、道路が寸断され孤立集落が無数に発生する地震災害現地において、避難計画は「絵に描いた餅」でしかないことを現実は示すことになった。

 

5 台湾は、福島原発事故後、脱原発に大きく舵を切った。今回の総統選挙は、与党の脱原発政策の継承か野党の原発回帰政策かも争点の一つであった。
  次の地震が起きてからでは遅い、次の原発事故が起きてからでは遅い。そんな思いを新たにした新年の始まりであった。

 

以上

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