16-03-01 : 法律コラム第19回「タイ労働者保護法~日本法との比較の視点から~」(弁護士 田畑 智砂)

タイの現地法律事務所に赴任してもうすぐはや2年。日々、日系企業のお客様から色々なご相談を受けて参りましたが、その中で日系のお客様が誤解されていることが多かった分野に、労働法があります。日本の労働法と同じかと思えば、まったく違う仕組みになっていたり、その逆だったり。以下、特にご相談が多く、誤解されている方が多かった残業、休暇及び解雇の3点について、日本の労働法と比較しながら解説します。


残業

□36協定

日本では、いわゆる36協定と呼ばれる労使協定を定め、これを労働基準監督署長に届け出ると、使用者は、労働者に、その協定で定めた範囲で残業をさせることが許されることになっています(労働基準法(以下、“労基法”)第6条1項)。
これに対し、タイには36協定のようなものは存在せず、使用者が労働者に残業をさせるためには、その都度、労働者の事前の同意を得る必要があります(タイ労働者保護法(以下“LPA”)第24条1項)。包括的な同意ではなく、残業が必要な際には、1回ごとに労働者の事前同意を得ていただくことが必要となっています。

□管理監督者

また、労働時間等に関する規定が適用されない、いわゆる管理監督者の定義についても、日本とタイでは異なります。
日本では、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」(労基法弟41条1項2号)と規定されており、判例によれば、経営者と一体的な立場で仕事をしていること、出退勤について自由裁量の権限を持っていること、その地位にふさわしい待遇を受けていることなどの要件が必要と解されています。したがって「名ばかり管理職」は管理監督者に該当せず、残業代等の支給が必要となります。
一方で、タイにおける管理監督者は、日本よりも更に裁量権を有している必要があります。タイでは「雇用者の代理として雇用、賞与の授与または解雇を行う権限を有する労働者」(LPA第65条1項1項)と定義づけられており、他の労働者の監督権限のみならず、雇用者の代わりに雇用や解雇、賞与を授与する権限を有している必要があるのです。「マネージャー」の肩書きがある従業員全てについて、残業代がつかない取り扱いをしている例をよく見かけますが、上述した雇用者に匹敵するような裁量権がなければ、管理監督者には該当しません。

□固定残業代は適法か

固定残業代の可否についても、タイは日本と異なっています。
日本では、残業時間の過少にかかわらず、毎月一定の残業手当として、固定残業代を支給している会社も多く見られます。この固定残業代ですが、現実の労働時間により発生する割増賃金が固定残業代を超えた場合にはその差額を支払っており、かつ就業規則に明確な定めがある等の要件を満たせば、日本では合法と解されています。
しかし、タイでは、残業代は実際の労働時間に応じて支払われることが原則とされており、固定残業代という運用は基本的に認められていません。かえって、毎月支払われる固定残業代は、割増賃金の計算の基礎となる「賃金」の一部としてカウントされる可能性があります。ちなみにタイにおける割増賃金は、賃金の1.5倍以上と規定されており(LPA第61条)、日本(1.25倍以上)より高く定められています。

休暇

□さまざまな休暇

日本の労基法上、休暇には、年次有給休暇(労基法弟39条)、産前産後休暇(同法第65条)、生理休暇(同法第68条)、公民権行使の際の就労免除(同法7条)のほか、特別法で育児休暇や介護休暇などが定められています。しかし、年次有給休暇以外は、法律上、休暇中の賃金支払いが義務付けられているものではありません。
これに対し、タイでは、年次有給休暇(LPA第30条)、傷病休暇(LPA第32条)、バースコントロール休暇(LPA第33条)、慶弔等の用事休暇(LPA第34条)、兵役休暇(LPA第35条)、研修休暇(LPA第36条)、90日以下の出産休暇(LPA第45条)などが定められており、全てまたは一定期間を限度として有給とすることが法定されています。例えば、傷病休暇は年間30日以内(LPA第57条1項)、兵役休暇は年間60日以内(LPA第58条)、出産休暇は年間45日以内(LPA第59条)について、休暇中も労働日賃金と同額の賃金を支払う義務があります。兵役休暇というのは徴兵制を持つタイならではですが、バースコントロールのための休暇が別枠で設けられており有給となっている点は面白いですね。

□年次有給休暇

日本の労基法の定めるところによれば、使用者は、6ヶ月以上継続勤務し、かつ全労働日の8割以上を出勤した労働者に対し、10日の有給休暇を与えなければなりません。以後勤続1年経過ごとに1日ずつ、さらに勤続3年6ヶ月以降は2日ずつ有給休暇を加算し、勤続6年6ヶ月で付与される20日を上限とする旨定めています(労基法第39条)。
これに対し、タイでは、勤続1年の労働者は、年間6労働日以上の有給休暇を取得する権利を有すると規定されていますが(LPA第30条1項)、翌年以降に有給休暇を加算し6日以上を付与するか否かは使用者に任されています(同条2項)。これは、日本における有給休暇が、その範囲で傷病や研修など全ての休みをまかなうよう規定されているのに対し、タイにおける有給休暇はあくまでバカンスをとるためで、傷病や研修などを別枠で規定している制度の違いが反映されたものでしょう。この制度の違いは、「休暇」に対する考え方そのものの違いが現れているように思います。なかでも出産休暇について45日間を限度にですが100%の賃金支給を保証しているのは、働く女性にとっては嬉しいことですね。

□未消化有給休暇の買い上げ

日本では、法律上、未消化の有給休暇の買い上げに関する規定は存在せず、かえって、①法定日数を上回る有給休暇を雇用者が付与している時のその上回る分の買取り、または②2年間の消滅時効や、退職によって請求権が消滅する場合、以外に買い上げを行うことは、違法であると解されています。これは、有給休暇の規定(労基法第39条)が、所定の休暇を労働者に実際に取得させることを目的としているためです。
これに対し、タイでは、解雇の際には未消化の有給休暇を買い取るべきことが法定されていますし(LPA第67条1項)、未消化の有給休暇があった場合、年度末に雇用者がこれを買い取ることも合法と解されています。未消化有給休暇の次年度への繰越は、労使の事前の合意により認められていますが(LPA第30条1項)、繰越を定めた場合には、解雇の場合のみならず懲戒解雇や辞職の場合にも、蓄積した未使用有給休暇を買い取る義務が生じます(LPA第67条2項)。

解雇

□解雇が自由って本当?

日本では、解雇には合理的理由と社会的相当性が必要であり、これを欠く解雇は権利の濫用として無効になるという解雇権濫用法理が確立しています(労働契約法第16条)。
タイでは、LPAが解雇の際に労働者に支払うべき解雇補償金を定めていることから、解雇補償金を支払いさえすれば、解雇を自由に行うことが出来ると誤解されている方も多いようです。しかしながら、タイでも解雇には合理的理由が必要と解されており、これを欠く解雇は無効となるのは日本と同様です。

□解雇補償金と退職金

上述したように、タイには解雇補償金が定められており、解雇される労働者の勤続年数に応じて、例えば120日以上1年未満であれば1か月分以上、1年以上3年未満であれば3か月分以上など解雇補償金を支払う必要があると定められています(LPA第118条1項)。解雇補償金の支払いが不要なのは、勤続期間が120日未満の場合、有期雇用における期間満了の場合(同条3項)、及びLPA第119条が定める懲戒解雇の場合となっています。
日本で言う退職金との違いは、第一に、解雇補償金の支給が法定された義務であるのに対し、退職金がそうではない点です。日本で多くの会社が取り入れている退職金制度は、法律上、雇用者に支払い義務を課した制度ではなく、あくまで雇用慣行として行われてきた制度です。もっとも、雇用契約も契約ですので、退職金を支払うことが契約条件となっていれば、契約上支払い義務が生じるのは当然ですし、この場合には就業規則に明確な記載をする必要が生じます(労基法第89条3の2号)。また、日本の退職金が従業員の自主的な辞職についても支給されるのに対し、タイの解雇補償金は辞職の際には支払う必要のない点も異なります。


以上、残業、休暇及び解雇の3点について日本とタイの労働法を比較解説してきました。タイ労働者保護法の方が、より労働者の保護に手厚く規定されていることがお分かりいただけると思います。法律の規定だけを見ても、タイの方がより休暇を取りやすい仕組みとなっていますし、実際にもタイ人従業員の皆さんは、バカンスをしっかり休んで楽しむ習慣があります。病気の際に傷病休暇をとるのは当然の権利と考えられています。タイの現地法人で採用人事をご担当の方は、ぜひ日本との法制度の違い、及び働き方に対する考え方の違いを念頭においていただき、長く友好的な雇用関係を築いていただければと存じます。

以 上

Menu