19-02-25 : となりの弁護士「サラの物語」(弁護士 原 和良)

「ハーバードからの贈り物」(What Kind of Leader Do you Want to be: Remember Who You Are)という本は、2004年に発刊された本で、今回機会があって原版(英語版)を読んだ。

 

1 この本は、これからエリートとして社会にはばたくハーバード大学の学生たちに向けた退官する教授の最終講義を集めた講演集である。その中に「サラの物語」(H・ケント・ボウエン)という短い話がある。以下は講演の要約である。

 

2 これから社会のリーダーとなる君たちは、出世して大きな権力を持つようになればなるほど、難しい決断を迫られる。例えば会社のリストラで、従業員を解雇しなければならない場合などに遭遇する。その対象は、あなたが名前も知らない清掃員や工場労働者などである。
そういって、ボウエン教授は、サラという聡明な女性の話を続ける。サラは、幼い頃から聡明で、中学校を2年も飛び級した上で、卒業式では卒業生総代としてスピーチを行うほどであった。しかし、サラの家は裕福ではなく、彼女は、14歳で家計を助けるために働き始め、自分の稼いだお金で3人の兄たちの学費を捻出していた。
高校卒業後、彼女は大学には行かず、結婚して8人の子どもを産み育てた。まだ、幼少年の子どもを抱えた40歳前の時に、サラの夫は心臓発作で急死してしまう。
子どもたちの生活を支えるために、サラは、町の清掃員の仕事を始めた。母親を欲する子どもたちがさみしがらないように、サラは子どもたちを学校に送り出してから仕事に出かけ、子どもたちが学校から帰る前に帰宅する。収入を増やすために、夜や土曜日にも働きに出た。

 

3 このサラこそ、ボウエン教授の母親なのだ。ボウエン教授は、みすぼらしい制服で教会や道路を清掃する母親の姿を見ることが当時いやでたまらなかったという。しかし、その後、自分の才能や夢を犠牲にして、愛する人のために身を粉にして働いてくれた母親を誇りに思うようになる。
ボウエンは最後にこう締めくくる。
「会社のリストラで従業員の解雇を考えなければならなくなったら、どうかサラの物語を思い出してほしい。あなたの決断で人生を変えられる従業員は、ただの数字ではない。皆、現実を生きている人間だ。それぞれが誰かの息子や娘であり、父親や母親でもある。一人ひとりが誰かの幸福を願って額に汗し、犠牲を払っている。こうした人たちにも、あなたのために尽くしてくれた人に対してと同じく、敬意と思いやりを示してほしい。」

 

4 社会をリードすべき立場にある政治家や官僚の腐敗、大企業の不祥事を見るとき、ボウエンの弱者に対する謙虚な姿勢は鮮やかなコントラストといえよう。4月からは、外国人労働者の雇用が大幅に拡大するという。「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった。」と言ったのはスイスの作家マックス・フリッシュである。まさに、「あなたの決断で人生を変えられる従業員は、ただの数字ではない。」

 

以上

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